2.19.2009

一戦必勝

1月末、私は久々に川崎競馬場へと足を運んだ。当地における年に一度の大イベント・川崎記念を見に行く為である。川崎記念の発走時刻は16時ごろであったが私は何とか15時半に現地へ到着し、珍しくも人混みに埋められたパドックにて出走馬たちを急ぎ眺め、ドタバタと馬券を購入し、やっとレースの5分前にゴール板近くの立ち位置を確保し落ち着くことができた(と言っても5分前というのはギミックで、往々にして地方競馬場では"馬券販売締め切り1分前"などというアナウンスから3分ぐらいは締め切らない、という現象が起こる)。

ホッと一息ついていると、すぐ近くにいる老夫婦の会話が耳に入ってきた。しばらくはフリオーソという馬の主戦騎手が戸崎騎手に代わってから、どうもこの馬(の馬券)を買う気がしないという話を奥さんが続け、旦那がそれを聞くという感じであったが、やがて大本命のカネヒキリについての話がはじまった。この馬はかつてダート競走の世界で頂点を極めたもののドバイの国際レースに挑戦し敗れ、その後2年半にも渡り再起不能と思われた怪我の為に休養、奇跡的に復帰した2戦目から大レースを連勝中という、実にドラマチックな経歴を持ちながら、やはり芝ではなくダートの馬だからかイマイチ地味目な存在なのである。

「しかしこの馬、この後どのレースに出るんだろうね?」
「え、フェブラリーSでしょ?」
「フェブラリー出るかなあ」
「出るよ、その後またドバイでしょ」
「そっちに行くかなあ?」

夫婦はこのように、目前のレースではなくカネヒキリの今後について会話を交わしていた。奥さんは今後、中央競馬の大レースであるフェブラリーSを経てドバイに再挑戦という、光の当たる表街道を行くと信じて疑わないのに対し、旦那のほうは一度大怪我を負ったカネヒキリを気遣ってか、この川崎記念のような、大レースと言っても裏街道に位置するレースを選んでいって欲しいと考えているようだった。私はその会話を興味深く聞いていたが、奥さんが続けてこんなことを言った。

「でもさ、どのレースに出るとしても、この馬の足はもうガラスだから、一戦必勝だよ」

この言葉は不意に私の心を動かした。そう、おそらくこの馬はどの馬にも増して、いつ再びパンクするかもわからないというところで調教をこなし、レースに出走しているはずだ。目前のレースを完走し、良い結果を出すことが全てで、数レース先までのローテーションなんてことは考えられないのだろう(勿論、馬がそんなことを考えるはずもないが、擬人化して共感するという作業は競馬の一つの醍醐味なのです)。私は急にそんなカネヒキリを愛おしく思い、手元にある馬券にこの馬が絡んでいない事を後悔し出したがもう遅い。その時既に、"馬券締め切り1分前"コールから2分は経過し、いくらなんでもいい加減締め切り時刻になることは明白だったのだ。

レースは、珍しく逃げたフリオーソを、カネヒキリが慌てず最後の直線できっちり捉え勝利。完勝ではあったが余裕を持ってというほどのものではなく、ここ数戦、同じレースを走り続けたフリオーソとの着差が徐々に縮まっているのも気になるところだが、しかしそれでも結果を残すところに、楽勝を続けていた往年のカネヒキリとはまた違った復帰後の凄みを感じさせるという、味のあるレースだったように思う。

そのカネヒキリが22日、フェブラリーSに出走する。復帰後全力で走り続けるこの馬のガス欠やパンクを心配しつつも、一戦必勝の走りを応援せずにはいられないだろう。

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