結局、変なウィルスが後頭部の辺りにあったちょっとした外傷部から感染して、こんなことになったみたいだ。入院中はまず、後頭部の髪を切り、禍々しい出来物をヘラみたいなものでゴシゴシと強引に削り取られて(これは痛かった)、あとは患部へ綺麗に皮が再生するのを待つばかり。その間定期的な点滴で血中のウィルスを滅菌するといったところで、手術などはない。入院2日目には頭痛が治まり、3日目にようやく平熱へ戻ると、それまでの寝ることもままならぬ地獄のような日々が、嘘のように穏やかで退屈な日々へと変わった。不思議なもので、高熱と頭痛の中では半狂乱の様相で読書に耽っていたのが(ちなみにこの期間「ロリータ」、「ウェブ進化論」、「離島を旅する」の3冊を読了。いずれも今後の人生について大変考えさせられる本でした。)、元気になり退院が視野に入ってくると途端に本を読む気も失せ、シャバのことが気になって仕方がなくなる。それまでまるで見る気にならなかったTVに目が行くようになり、大して気にならなかった病院食の侘しさも、なかなか耐え難いものと感じられてきた。
まず基本的に米が美味しくない。朝に出るパンも良くない。おかずも当然味気なく、しっかりとカロリー計算されているのでやや大食の類に該当する私には足りないのだ。そうなるとやはり、食事の合間に口に入れるモノを探そうと、院内を彷徨いだすことになる。
この病院には一般的な売店の他に、スターバックスコーヒーが店舗を構えていた。ガラガラと点滴を引っ張りながら院内をうろうろし出した私はやはり、ここへ午前・午後と通うようになった。コーヒーはもとより、サンドウィッチが美味しい。シャバの味である。病院の入り口付近にあるこの店には、私のような入院患者や院内で働く人たち以外にも、お見舞いに来た人がよく顔を出す。そんな外部の人たちが運んでくる、実体のない"なにか外部の空気みたいなもの"がとても、眩しくて新鮮なものに感じられる。
こうして病院食の侘しさをコーヒーとサンドウィッチ、そして"外部の空気"で紛らわす2日間を経て、入院5日目には血液検査の結果も平常な数値へ近づいてきた私は、めでたく退院することになった。これまた不思議なもので、いざ退院が決まると、侘しい病院食について不満を抱いていたこと自体が大変、贅沢で傲慢なことだったのではないかという、我ながら実に殊勝な思いが身をもたげ、今後とも病院食を食べ続けるであろう残された入院患者さん達が暮らす病棟を背に少し反省したのだった。