6.04.2009

幻のホームラン

一ヶ月ほど前、私は2週間ほどバッティングセンターにハマっていた。家から歩いて15分ほどの場所にあるバッティングセンターまで夜な夜な歩いて(時には自転車で)通い、1セットやってアイスを食べて、タバコを1服してまた1セットやって、軽く汗をかいて帰る、というルーティンを繰り返した。

ピッチングマシーンにはバーチャル画面が付随していて、実在のプロ野球投手と対戦できる仕組みなのだが、私の相手は決まっていて、110-120キロの直球しか投げないSBHの和田。稀に、スライダーを投げてくる上級者向けの楽天マー君とも対決してみたが、変化球にはどうにもうまく対応できないので、結局和田の球を気持ちよく打ち返すルーティンへと戻ることになる。

ところで、私は野球の経験者ではないし、体も大きくない。今までの人生で何度か草野球の試合に出たことはあって、バッティングセンターでもおそらく100回以上はプレイしたことがあるのだけど、いずれにおいてもホームランを打った試しがない。一度は大きな、ホームランをかっ飛ばしてみたい。そんな誘惑に駆られて、バッティングセンターに通いだしてから間もなく私は、一発狙いのスイングを模索するようになった。

まず、硬球でも木製バットでもないバッティングセンターにおいて、プロのスイングを真似する必要はないと考えた私は、前後の体重移動を抑えて余り動かずに打つことを心がけた。これでミート力は大分向上し、かなりの確率で鋭い打球を打ち返すことができるようになった。そして、野球解説者がよく口にする「前に壁をつくる」という感覚を実践することにした。私は右打者だが、要は左肩を開かないように意識してスイングするということなのだと思う。これでバットの軌道が波打たなくなり、ゴロが減りライナーやフライが増えてきた。最後に、和田投手のちょうど真上あたりにあるホームランボードを狙うため、引っ張ってはいけないのでボールをなるべく最後まで見ることにして、スイングの初動を遅らせた。

こうやってホームランを打つための理屈を考え実践するというプロセスがまた楽しく、嬉々としてセンターに通いだしてから2週間ほど経った時、私は出会い頭に、念願の打球をホームランボードに叩き込んだ。「Yes !(心の声)」静かに興奮した私は、まだ3球目ぐらいだったそのプレイの残りを、今までに構築してきたホームランスイング理論などなかったかのような波打つ大振りで終わらせてしまい、いそいそと店員に「ホームランを打った」と告げに行き、賞品をもらい、ネームプレートを掲げてもらった。これで満足した私の足は、しばらく打席から遠のいた。

しかし逆説的な感想なのだが、改めてプロの選手たちは凄いのだなと思う。イチローよ、あんなに打席内で体重を移動させてどうしてミートできるのだ?小笠原に城島よ、何故内角高めに反応してホームランが打てるのか??

ともあれ、ホームランというマイブームは目的達成と共に過ぎ去り、1ヶ月ほど打席に足を向けなかった私は先日、久々にバッティングセンターへ行ってみた。そして理論どおりのスイングをした、つもりだったが打球はフライにならず、スイングもなんだか波打っている。もちろんホームランどころか、惜しい当たりもなし。一体あの2週間は何だったのだろうという徒労感だけが残った。