11.28.2008

三崎のマグロ

先日、介護に追われるパートナーにつかの間の休日が訪れたので、連れ立って三浦半島へ小旅行に出掛けた。かの半島は神奈川生まれの神奈川育ちである私にとっては愛すべき土地であり、大概の見所へは足を運んでいると思うのだが、今回は私も初めて訪れる、なにかと評判の高い横須賀美術館をまずは目的地と設定。澄んだ秋空の下、車を走らせた。

横須賀の市街地を抜け、観音崎の海沿いを行くと、コンパクトな現代建築が姿を現す。大変恵まれた立地条件であると言えよう。既に14時近くだということもあって、空腹感を覚えた我々は入館する前に付随するイタリアンレストランへと向かった。混んではいたが、10分程度の待ち時間で席を確保することが出来た。東京にある有名店が経営しているらしいこのレストラン。当然、期待は膨らむのだが、出てきたものはやや残念なものであった。まず"地魚"と銘打ったメインディッシュが鮭っていうのは、仮に地元の市場で仕入れたのだとしても期待外れというものだ。サラダも、味付けは悪くないのだがやや素材の新鮮味に欠けるものだった。ここで私は小旅行の出鼻を少しくじかれたような気になったが、かと言って酷い料理というわけでもなかったので「まあ、こんなもんだよね」なんていう高飛車な感想を抱きながら店を出て、美術館へ入る。


(横須賀美術館外観)

ここでは常設展示の他に、「日本彫刻の近代」という企画展が開かれていた。仏像や人形といった立体造形物の時代から、明治期に西洋から塑造技法と美術思想が輸入され、伝統的なものと交じり合って独特の歴史を重ねていったという流れが、オーソドックスに示され、私のような素人には非常に判り易く楽しむことができた。時代によって人物像の鼻が高くなったり、低くなったりする過程が面白い。おそらくこれは、西洋の直接的な影響を受けた後に、そこを離れ日本独自の、あるいは作家個々の表現によるものを目指したという過程を示しているのだと類推するが、作家主義というもの自体がやはり西洋からの影響なのではないかとも思う。明治から昭和中期に至る日本彫刻の近代という流れは、作家たちの大いなる苦悩の下で育まれたグローバルスタンダードへの到達の道筋であり、また同時にローカルな伝統工芸への美術的な解釈を含む再評価の途上であったのだろう。

とまあ、企画展の観覧にはすっかり満足した私であるが、巷では高い評価を得ている美術館建築自体には少し不満を覚えた。外見等のデザインはさておき、私が美術館に求める"回廊性"とも言うべきものが希薄なのだ。企画展を見て、常設展を見て、屋上に登り景色を見て・・などとする過程において、同じ地点を何度も通過するという構成にはいただけないものがあると感じてしまう。これは企画展中心の箱モノを意図してフレキシビリティーを優先した結果なのかもしれず、ある意味現代的な結末なのかもしれないが、何にせよ私の趣味とは残念ながらマッチせず、同行のパートナーも同じような意見であったため、揃って満足するに至らなかった。


(横須賀美術館内部、ここを幾度となく通る)

このまま小旅行を終えては詰まらないだろうと思いつつ再び車のハンドルを握ると、パートナーが「三崎でマグロを食べたい」と言い出した。遅い昼食からまだそれほど時間も経過していず少し戸惑ったが、何と言ってもあそこのマグロは美味いので反対することもないだろうと、私はハンドルを右に切り、浦賀、三浦海岸を経て三崎へと向かった。秋空は暮れるのが早く、もう暗くなっている。途中ほぼ太陽が沈み、乏しい光の中で通過した、一面に広がる三浦大根畑の美しさがやけに印象に残った。

渋滞などもあって、三崎に着いたのは夜の7時前だ。我々はいそいそと市場へ赴き、閉店時間直前の魚屋でお土産を物色し、大きくて安いアジの開きを買い込んだ。あまり滞在せぬうちに市場の店は全て閉まってしまい、いよいよ外に出て、マグロを味わう店を選ぶ時が来た。辺りにはマグロを食わせる店が10件以上ずらっと構えている。ここで店を間違えたら、1日が台無しである。

私は嗅覚を働かせ、裏路地に佇む一軒の老舗を選んだ。「たちばな本館」というこの店は、あまりやる気のない接客でカウンターには客がおらず、やや不安を覚えたものの、導かれた奥座敷のふすまを開けると大部屋にほぼ満員の盛況振りであった。座った机の斜向かいの客席には、巨大なマグロのカマが焼かれてドカンと置かれている。私も同じものを猛烈に食べたくなったが、要予約の上に高価で、しかも5~6人前の量と聞いて断念。赤身と中トロの乗った丼を注文した。これが実に美味かった。私が今までに食べたマグロの刺身で1番美味かったかもしれない。これより上等なものを欲せば、本当に高級な寿司屋か料亭に行って大枚をはたかないと得られないだろう。が、ここなら3000円もかからない。パートナーが注文した定食に乗っかっていたマグロの唐揚げや煮物も大変良かった。メニューにはマグロのハンバーグやステーキなど、気になるものが幾つもあり、絶対にまた来たいと思わせる店であった。

かようにして1日は、建築や彫刻や風景を忘却の彼方へと追いやり、マグロの味に染められたのだ。

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