11.26.2007

自転車旅行 -銚子編-

いつの間にやら木枯らしの吹く季節となった。アツい夏の間、結局どこへも冒険に出向くことなく日々を過ごした私の元に、秋も深まった頃合いで友人から「自転車で銚子まで行かないか」というオファーが届いた。

今回は十日町への旅に同行してもらったT君を含む、A君、O君との四人旅である。しかし、四人で併走する姿なども思い浮かべながら臨んだ"打ち合わせ"と称する飲み会(於:アントニオ猪木酒場)の中で、元よりいい加減なこのメンバーでは何も決まることもなく、ただ現地集合ということだけが定められた。従って、各人がルートや出発時間をまちまちに計画立てることになったわけだが、私は一応朝8時出発で千葉県中央部を通っていくということに決めた。

しかし物事は予定通りには運ばないものである。アントニオ猪木氏は「一寸先はハプニング」などという造語をよく用いているが、私の身にも前夜にあるハプニングが降臨し、眠れなくなってしまった。朝7時にセットした目覚まし時計が鳴り、それを一睡もできずに止める。そしてその直後に睡魔が襲い、起きたら10時を過ぎていた。呆然としているところにA君からの電話が入った。「今どこら辺?」と聞かれ、寝坊してまだ在宅している旨を伝えた。彼は電車に自転車を乗せ取手に向かい、下車して既に走り始めているということだった。

天候は良く、ツーリングにはもってこいの日だ。しかし睡眠不足といきなりの予定変更によって、私のモチベーションは大きく下がってしまった。ゆっくりと朝食を食べ、コーヒーをおかわりしているうちに正午を過ぎる。他のメンバーはどうしているのかと思いO君の動向に探りを入れると、彼もまたモチベーションが低下しているようでまだ家にいるということがわかる。ここで相乗効果が発生し、益々私の足取りは重くなる。こうしてアントニオ氏の言うような「迷わず行けよ、行けばわかるさ」というわけにはいかなくなり、迷い抜いた挙句、結局1時頃ようやくスタートすることになった。

明治通りから国道6号を走って松戸に至る。道は自動車で混み合い、側道も狭く危険を感じ主に歩道を走ったため、思うように距離が稼げず疲労も普段より蓄積する。6号線から逸れて松戸市内を抜け、北総開発鉄道沿いの国道に入るとようやく走り易くなり、スピードを上げてぐいぐいと進む。だが既に3時を過ぎ、早くも夕暮れ時に差し掛かっている。銚子まで完走するのは無理だということはスタートが遅れた時点でわかっていたが、そろそろ目的地を定めないといけない。私は白井駅付近で休憩がてらにラーメンをすすりながら地図を広げ、成田という選択肢と利根川沿いまで行くという選択肢の間で悩んだ。成田であれば、特急電車も停まるだろうし自転車を乗り捨てた後銚子まで行くルートに広がりを持たせられる、しかし利根川沿いの自転車道を少しでも走ってみたい。私は少し不安を抱きながらも、利根川沿いまで北上することを選んだ。まあ、行けばわかるさ。

北総開発鉄道沿いの道に別れを告げ、北上ルートを辿って利根川へ。日は沈み、時計の針は5時を回っていた。満月を進行方向に仰ぎながら、暗がりの土手上にある自転車道に合流する。左手には河口まで70キロ近くもあるのに、早くも雄大な佇まいを誇示する利根の流れが蛇行している。幻想的な光景であった。私は20キロほど先にある滑川という駅を終着の地と定め、ラストスパートを開始した。T君から連絡があり、A君と共に銚子に着いているということと、O君の所在が不明であるということを聞いた。

6時過ぎ、滑川駅着。ちょうど5時間のサイクリングだった。ここから銚子駅までは電車で1時間ぐらいのはずである。が、時刻表を見ると、なんと次の電車まで50分待たなくてはならないことが判明した。そこで待ち時間を使って、私はO君の所在を確かめることにした。携帯電話からメールを送ると程なくして返事が来た。彼は私より更に2時間も迷っていたようで、3時にようやく出発。東京から千葉駅まで自転車を漕いで、そこから電車で銚子に向かっているとのことであった。その後長いこと待たされてようやく滑河駅に到着した銚子行きの電車には、偶然そのO君が乗っていて、二人とも同じ電車で銚子へ向かうという、なんともしまらない顛末で往路を終えたのである。

(続く)

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