10.03.2008

変わるものと変わらぬもの

日曜の夜、家族が大河ドラマの「篤姫」を欠かさず見ているので、私も付き合ってだいたい見ている。そして、良くできているなあと基本的には感心する一方で何か心に引っかかる物足りなさをいつも覚えるのだ。その正体は何だろう?

といったところで過日(1ヶ月ほど前だが)、久しぶりに映画を見てきた。ケン・ローチの最新作「この自由な世界で」である。物足りなさの欠片もない、というよりもむしろ、見た者の心をシリアスな空気で破裂させるかのような充実したドラマがそこにはあった。以下ネタバレ多少あり。

舞台は現代、ヨーロッパ、英国。好景気を謳歌するこの国には多くの移民労働者が移り住む。主人公のシングルマザーはポーランド等からこういった移民労働者を英国に斡旋するエージェントの一員として働くがトラブルにあってクビになる。バイタリティー溢れる主人公は自らエージェントを立ち上げ、英国内でくすぶっている移民労働者たちに職を紹介しはじめるが、ぎりぎりの資金繰りで続けるうちに、やがて法に触れた行為に手を出すようになる・・といったストーリーが展開される。まさしく、自由主義経済の下での現代的な課題に正面から向き合った映画だ。タイトル(「it's a free world」、邦題はほぼ直訳ですね)もまた秀逸である。

ここで描かれる世界は主に、移民労働者からの搾取という極めてリアルな問題を提示しているのだが、私が思うにこのドラマへリアリティーをもたらす要因は、緻密な取材を繰り返して構成していったことを想起させるその舞台設定やストーリーの大枠のみならず、主人公とその友人が繰り広げる心模様とその行為の描写にあるのではないか。新たな移民ではない、元来英国市民である彼女たちもまた、エッジの上を歩くような状況下でハメを外したり、真剣になったり、より困っている者へ施しを与えたり、地獄へ突き落としたりする。そういった彼女たちへ映画を見る者は、同情こそすれど支持することも憎むこともできないだろう。映画を見終えた観客はよりマクロな視点で、現代が抱える問題について考えることになるのだ。

と「この自由な世界で」を見た後しばらく、私もマクロな感じで諸問題を考察したりしていたのだが、そんな中でふと、「篤姫」は何故少しばかり物足りないのかというミクロな事象について解答を得たような気がした。「篤姫」の登場人物は主人公である姫を除いてほとんど皆、ドラマの中ではじめに持たされた信条をほぼ変えないのである。姫は様々な人物に出会い、その信条に触れ、ほう・・そういう考え方もあるのか、と吸収していく人物として描かれ、それぞれの信条を持った脇役たちもそれによって善悪では判断できない魅力的な存在となるのであるが、脇役たちがこうして輝けるのは全て、主役の姫がそれぞれの立場を理解できるからこそだ、という仕組みになっている。

つまり、「この自由な世界で」と「篤姫」は、支持することも憎むこともできない中立な人物像をあぶり出す仕組みが異なっている。「この自由な世界で」の主人公たちは、ある特定の人物や出来事によって善悪の彼方へ導かれるのではなく、ドラマの世界観全体によって導かれるのだ。

「篤姫」の仕組みはストーリー作りの一手法なのであろうが、現代において、「この自由な世界で」のような世界においてリアルではないだろう。無論「篤姫」の世界は江戸末期、100年以上前のことで、現代的なリアリティーを求めるのには無理があるのかもしれないが、当時の人々も時代の変革期において、難しい局面で判断を迫られ、心情や行動にぶれが生じると考えたほうが自然で、完成された人物像ばかり見せ付けられてもその時代錯誤(現代とのギャップ)に白けてしまう。まして今、放映することの意味を考えると、やはり大河ドラマといえど今という時代が抱えるものに投影するようなものであって欲しかったと思う。良くできたドラマだが、根本的にそこが私にとっては残念なところなんだな。



余談だが、「この自由な世界で」を見て、イギリスにおける移民労働者の実態を思うと、フットボールファンの私としてはやはり、ベルバトフ(ブルガリア人)やシェフチェンコ(少し前まで英国にいてイタリアへ戻ったウクライナ人)といった移民を供給する側の国籍を持つストライカーたちが、搾取される労働者の偶像としての存在感を強めているのだと想像せずにはいられない。映画の中にも何気なくかつ示唆的に、移民たちがボールを蹴っているシーンを見ることができるが、イングランド人のストライカー達がイングランド人労働者階級のアイコンであった時代は移ろい、資本(これも国際的になった)が移民供給国のストライカーを買い漁り、そしてイングランド人の優秀なストライカーはほぼ絶滅したのである。

対岸の火事と侮るなかれ。Jリーグとブラジル人選手、それと日本が多く抱えるブラジルからの移民(ついでに優秀な日本人ストライカーが現れない現状)との関係についても、考察してみる必要があるのかもしれない。

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