6.06.2008

粗食

近所に安いスーパーがあるのだが、その近所にこれまた安い八百屋がある。若者が経営するこの八百屋は値段付けにおいてスーパーに強いライバル心を働かせているようで(実際に朝方、そのスーパーのチラシを凝視している主人を見かけたことがある)、資本力の差もあってか全ての品目においてというわけにはいかないが、毎日必ず数品目において激安の商品を前面に出してくる。

過日などは、3束入った新鮮な水菜が20円で売られていた。5本100円の胡瓜と共に、どう料理するかなどまるで考えず反射的に購入。家に戻り水菜を用いた見知らぬ料理はないものかとインターネットで検索していたら、「はりはり鍋」というメニューが目に飛び込んだ。桃太郎電鉄というすごろくゲームに確か「はりはり鍋屋」が登場していたな・・などと連想しながらレシピを見てみると、これが水菜と鯨(あるいは豚や鴨)を昆布だしで水炊きするだけという、実にシンプルなものなのだ。

早速今度は八百屋の近所の安いスーパーにて豚バラ(これも安く、グラム1円を切っていた)を購入し、その夜我が家の食卓はこの見た目も美しい素朴な鍋で飾られた。大根おろしと醤油で具を受けて食べてみると、これが実に旨い。同居人にも好評であった。私はこのように、安くて簡単な料理については、メニューを考えるのも買い物をするのも作るのも食べるのも大好きだ。

しかし粗食にも上には上がいるものである。ある日書棚を整理していると、20年以上前の「我が家の食卓」というようなタイトル(現在手元になく、正確な書名を忘れました)の文庫本が出てきた。これは各界の著名人が、自らの夕食を紹介するという内容のもので、アントニオ猪木が前夫人と食卓を囲んで、大量のブラジル風料理を前に「最近は腹七分目にしているんですよ」なんて言ってたりするちょっと面白い本なのだが、その中に故・遠藤周作が大変な粗食を夫人とつまんでいる写真がはさまっていた。

遠藤氏の夕食はご飯に漬物、それとメザシ一人一匹だけだ。氏のユーモラスな表現によれば「私は美味しくも豪華なフレンチなどを食べたくもなるのだが、夕食を決めるのは妻の仕事で、私が執筆に口を挟まれたら嫌なのと同じように妻も仕事に口出しされたら困るだろうと思って文句が言えない」ということだった。毎食、ご飯と漬物以外に一品しか出ないのだそうだが、そんなルーティンを遠藤氏がどこか楽しんでいるような雰囲気が伝わってくる。ここまで質素になると、今日の一品は何が出てくるのか、という楽しみからはじまって、もしかしたら「今日の漬物は昨日から一日経っているから、少しばかり味が変遷しているな」なんていうミニマルな楽しみの境地にまで達するのかもしれない、などと空想を抱かせる。遠藤氏はもっぱら作らず、食すことに専念しているようだが、それにしてもこの質素な洒脱っぷりには到底、私など叶わない。

私は今日も八百屋の前を通ると、葉っぱが長く青々と茂った大根一本68円に目を奪われ購入し、大根の葉と茎を細かく刻んで挽肉と一緒に醤油・みりんで味付けして炒めた。これは私の得意とする粗食メニューで、ご飯の振りかけとしては最高の部類で、酒のつまみにもなるので、この駄文を読んでいただいた皆さんにもぜひ一度試していただきたいと思います。

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