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8.03.2009

群馬探訪その1

もう一月も前のことになるが、パートナーと共に群馬へ小旅行に出た。梅雨空の下、レンタカーを借りて10時前に東京を出発する。

カーナビゲーションによると、高速道路を使えば目的の伊香保温泉周辺まで3時間もかからず着いてしまうことが判明する。それでは旅情もなかろうということで、ひたすら一般道を北上。それでも丁度お腹の空いた13時半頃、伊香保温泉近くの水沢地区へ到着。まずは"まいたけセンター"という場所を訪れた。

ここでは特産物の舞茸や、舞茸を使った様々な加工品が販売されている。キノコの香りが充満する中でぐるっと商品を見渡していたところ、パートナーが舞茸を買おうとして、販売員のおじさんから色々と説明を受けているのが目にはいったので私も近づいて説明を聞いた。新鮮な舞茸は水で洗ってはならず、そのままソテーなどをするがよろしいとの御託宣であった。確かに洗ってしまっては、独特の芳香や味が失われてしまうであろうと至極納得した。

そして、"日本3大うどん"と呼ばれる(そもそも日本以外にうどんの有名な産地はあるのか?)水沢うどんを食べに、うどん屋が集中している通りに出た。風評通り、森の中を貫いている道路の脇にうどん屋だけが並んでいるという、ちょっと不思議な光景だった。東京で例えれば深大寺周辺とやや似た風景だ。我々は連なるうどん屋の中から「水香苑」というお店を選択、天麩羅と饂飩を頂いた。瑞々しくてコシのある、おいしい饂飩であった。


(水沢観音)


その後付近にある水沢観音を訪問する。坂東三十三箇所の16番札所であるこの寺院は、霧がかった天候との相乗効果で幽玄なるムードを醸し出していた。ここに円空の彫った仏像があると聞き、本堂の中を覗くと割りと平凡な像が鎮座している。この方面に疎い私は「ふむ、円空でもこのような真っ当な像を作るものなのか」などと勝手に結論づけようとしたが、そんなはずがないとばかりにパートナーはぐいぐいと雨中を突き進み、近くにある新しい建物に仏像類がまとめて置かれているのを発見。期間限定のサービスで無料入場することができた我々は、円空のあの独特なる彫刻を眺めることが出来た。

さて、これでまだ15時過ぎである。そこで我々は榛名湖へ向かうことにした。伊香保温泉を通過し山道をくねくねと登る。この山道が車を走らせていて、何とも言えず楽しいのだ。後で気付いたのだが"イニシャルD"という有名な車マンガに登場する秋名という峠の地名はここから採ったものに違いないだろう。マンガに出てくるだけあって、走り屋ではない私でも少し興奮するようなルートである。やがて車は坂を登り切り、しばらくして榛名山と、山に見下ろされた榛名湖が姿を現した。そう大きくもないこの湖の周辺には欧風のプチホテルがぽつぽつと建っていて、アガサ・クリスティやコナン・ドイルの小説に出てきそうな、事件の香りがする風景である。


(榛名山と榛名湖)


平日で雨の中とはいえ、それにしても人のいる気配がまるでしない。我々は車をとあるホテルに止め、喫茶室で休憩することにした。静々と顔を出し、コーヒーを給仕してくれたホテルマンに軽い気持ちで景気の具合などを尋ねると、高速道路が休日千円になり、首都圏の住民は更に遠くへ足を運ぶようになったため客足が遠のいたと、何とも景気の悪い答えを聞いてしまい、静かな湖畔の喫茶室には気まずい空気が流れた。

いたたまれなくなった我々はそそくさと勘定を済まし、伊香保温泉へと戻りチェック・インすることにした。

(思ったより長くなりそうなのでこの話は何部かに分けます)

2.27.2008

京都・大阪旅行 -夜行バス編-

ぽっかりとスケジュールに空きの出来た二月の中旬、私は何処かへ行こうと思い遠くはスペインから近くは伊香保温泉までの、幾つかの候補地から迷った挙句、数年ぶりに京都へ行くことにした。かの地をちゃんと訪れるのは3度目のことである。最初は中学生時の修学旅行で、新幹線で行った記憶がある。2度目は友人と共に、車で訪れた。3度目の今回は一人で夜行バスによる往復である。回を重ねる毎に交通手段のレベルが落ちているのは何故だろう(次回は自転車だったりするのだろうか)?それはさておき、今回は初体験の夜行都市間バス体験について書こうと思う。

某日深夜、指定された西新宿の高層ビル街へ行くと、そこでは百名を優に越える人々が寒さに身を震わせながらバスの到着を待ち受けていた。旅行代理店の社員数名が拡声器を用いて、バスの到着やチェックインの方法などを絶え間なく知らせている。その中、次々と大型のバスが到着し、客を乗せて去っていくのであるが、行き先は東北方面や新潟方面など様々で、私が向かう関西方面だけでもかなりの台数が毎日運行されているようだ。バスの種類も内装によって数タイプに分けられ、スタンダードな一列に2×2名乗車のものから、一列3人掛けタイプや座席がベッドのようになる豪華版まで用意されている。それぞれ料金は異なるが、豪華版のものでも新幹線よりは安い。この価格設定が夜行バスの何よりの魅力であろう。私はその中でも最も安いスタンダードタイプのチケットを購入していた。京都まで片道、4200円である。

安さを求めてか、やはり客層は若者が圧倒的であった。そのほとんどが男女のカップルである。出張目的のサラリーマンや、私のような一人旅風の者はほとんど見かけなかったが、やがて私が搭乗するバスが到着し、指定された席に座ると、私の隣席は齢50を越えた(推定)サラリーマンであった。12時ごろ、バスは発車した。首都高から東名高速をバスは走る。私は眠れぬまま、さりとて明かりもないので本を読むなどして時間を潰せぬまま、ぼんやりと車窓を眺めていた。1時半ごろ足柄サービスエリアでバスは止まった。15分のトイレ休憩後、バスは再び西へと走り出す。私にとっては、ここからが地獄であった。

眠れないのだ。カーテンが閉められ、車窓を見ることもできなくなった。隣のサラリーマンは軽くイビキをかきながら、体をこちらに伸ばしてくる。バスは止まらず、ひたすら走る。私は5時半に草津サービスエリアでバスが止まるまでの4時間、物思いにふけるしかなかった。それにしても4時間休憩なしで運転し続けるドライバーの集中力には驚くばかりだ。バスは6時過ぎに京都駅八条口へ到着し、私はようやく解放された。

私は京都と大阪に滞在した3日間に、既に支払いを済ませている帰りのバスに乗るのを諦めて、新幹線で戻ろうかと何度か考えたものの、やはり余分な費用をかけようと決意するには至らず、再び京都駅八条口へ舞い戻った。復路は2階建てのバスだった。見た目は良いが、居住性は往路のものより更に悪い。今度の隣人は私のように、一人旅を終えたのであろう若い女性だったが、その女性が搭乗後すぐ眠りに落ちてしまうのをうらやましく思いながら、私は再び地獄を味わう。日中京都の街中を歩き詰めて疲れ果てていた私は、眠れないバスの中でふと足を組んだ刹那、腿の筋肉がつってしまい、静寂の中、声にならない悲鳴をあげたのだった。

12.21.2007

自動車免許の再取得 -まとめ-

年の瀬となった。何ヶ月も前に長々と書き連ねた"自動車免許の再取得"についての文章がなんとも的を得ないものになってしまい、不評を買っていたので、ここで有益かと思われる情報をまとめてお伝えしようと思う。


・教習所へ行く必要があるのか?

私の場合は行きましたが、実技教習のみで学科のない所を選びました。実技教習に関しても自分がやりたい回数だけチケットを購入して教えてもらうという融通の利く教習所でした。こういった教習所のデメリットは、

「試験を教習所で受けられず、運転免許試験場で受けなければならない」

ということです。運転免許試験場での実技試験は教習所で受けるものより大分合格のハードルが高くなっているような気がしました。もっとも、私が最初に免許を取得した10年以上前とは教習所のスタイルが変化し、教習でハンコをもらうのが容易になった分試験を難しくしたという話を某教習所関係者から聞いたこともあり、今では教習所で受けようが免許試験場で受けようが差はないのかもしれません。ともあれ免許を所持していた頃それなりに運転履歴を重ねていた人であれば、悪くとも何回か不合格を重ねれば合格へたどり着くはずです。再取得までのコストや時間を考えると、普通の教習所で学科も実技も学び直して試験を受けるよりは、私のように実技教習のみを何度か受講して試験に臨むというやり方をお勧めします。全く教習を受けずに試験へトライするというのもいいでしょうが、以前に路上で身につけた悪癖というのはなかなか落ちないものです。その癖が試験結果に影響するので気をつけてください。

・再取得までの流れ

1.取消処分者講習(2日間)
2.仮免許筆記試験
3.仮免許実技試験
4.特定講習(7時間ぐらい、1日にまとめられる)
5.本免許筆記試験
6.本免許実技試験

という順番がベストかと思います。1の取消処分者講習では2日間とも簡単な、仮免許実技試験のレクチャーを受けることができるので、その時間を無駄にしなければ試験結果へと結びつくはずです(私は仮免許取得後にこの講習を受けたので、そのメリットを享受することができませんでした)。従って1から3まではなるべく短いスパンでこなすことを求められます。筆記で落ちないようにしてください。4の特定講習は本免許試験後に受けることもできますが、試験合格の当日に免許証を交付されるという喜びを得たければ上記の流れがいいでしょう。5と6は都道府県によって順番が逆転します。なお、1の講習は私の場合、非常に混雑した時期に予約したため2ヶ月待ちという羽目に陥りました。通常でも2週間程度は待たされるようです。

・心構え

まず厳しいことを言えば、筆記で落ちるというのは論外だと思います。大体再取得に挑戦する人というのは、仕事の合い間を縫って、ない暇をやり繰りしてチャレンジするのだと思いますが、そこで筆記試験を複数回受験するという時間の浪費は痛恨の極みでしょう。何があっても合格できるというところまで参考書を読み込んでから受験するぐらいで丁度良いのではないかと思います。反対に、実技試験にはそれほど切羽詰った状態で臨まないほうが良いのではないかと思います。緊張が運転にも影響しますし、次に受かるための模擬試験だというぐらいの心持ちでいってください。仮に落ちたとしても、そのぐらいリラックスしていた方が、何故落ちたのかをよりよく理解できるはずです。

・まとめ

そもそも運転免許の再取得という行為は非日常的なもので、免許を一旦取得した人の中でも数%程度しか体験しない出来事でしょう。後ろめたさや、再取得しないと体裁が悪いなんていう考え方をいっそのこと捨てて、自分は今、普通じゃできないことを経験しているのだという前向きな姿勢で、好奇心を持って運転免許取得に関する全てのことに目を光らせていけば、辛いことも楽しく感じられるのではないかと思います。


そして私は4月に免許を再取得して以降、実家の車やレンタカーなどを乗り回す日々が続いている。免許を失効してから3年近く運転とは離れていたものの、それでも再取得してみると運転する必要のある用事が積み重なるもので、逆に言えば私が免許を所持していなかった3年もの間、周りには迷惑を掛けていたのだと思い知らされた。現在私は、新車の購入を計画している。

5.17.2007

自動車免許の再取得10

4月中に筆記試験を通過し、残るは実技試験のみとなったものの、その予約を行おうとするとゴールデンウィークを挟んでいることもあって2週間先まで受験できないことが判明した。最後の最後までスケジューリングに苦労するとは・・

と、今回は免許取得関連の混雑具合に対する愚痴から書き出してみたものの、ここまできて油断したのか、ゴールデンウィーク明けの最終試験で私は、今までにないミスを犯してしまった。寝坊である。朝起きて時計を見て、既に集合時間の30分前であることをぼんやりと確認した私は、もう今から出向いても間に合わないので、とりあえず免許センターへ電話連絡を入れた。予約の変更は前日までとされているが、ひょっとすると当日の時間前でも許されるかもしれないという甘い考えを抱いたからである。果たしてその甘い願望は叶い、私は数日後に再予約をすることができた。もし許されなかったら鮫洲まで予約のために出向かなければならず、それだけで家からの往復時間を含めると数時間の作業となるので、助かった。

しかし「好事魔多し」とはよく言ったものだ。
数日後の試験前夜、私は原因不明の歯痛に襲われた。私は口周りに関しては生まれた時から健康そのものであり、歯医者のお世話になったことがほとんどないのだが、この晩はいきなり経験不足の痛みと戦うことになり、ほとんど眠れぬまま試験当日を迎ることになった。これはこれで寝坊はせずに済んだのであるが、ひどい体調の中で運転しなくてはならなかったのである。

それでも私はよくやった、と思う。本免許の実技試験は路上で教官の指示に従って運転する項目、ある地点からある地点まで自主経路というものを決めて指示のない中で運転する項目、それと免許センター内での縦列駐車あるいは方向転換行為という3種目によって構成されているのだが、私は序盤に、寝不足でぼーっとしていたこともあり2車線の右側をずっと走ってしまったり、信号が変わったのに数秒の間気付かなかったりと、リラックスを通り越してあまりに緩慢な動きを教官に見せてしまったのだが、それでも自主経路を走る頃には気を取り直して、教習所で教わった色々な細かいことを思い出しながら、しっかりとした運転ができていた、と思う。しかし序盤の失点が響き、最後の縦列駐車等の項目に進むことができなかった。この試験は基本的に2人1組で行うため、もう1人が運転する時は後部座席に同乗し、自分が運転する時もその人が付き合っているわけだが、私よりはそつなく運転していたかと思われるその人も最終項目へ進むことはできなかった。それでも私は最後に教官から「後半の動きは良かったんだけどね」と言われ、今回の敗因もはっきりしていたため、仮免許の実技試験に落ちた時のようには次回についての不安を抱かず、次に体調万全で臨めば結果もついてくるだろうという感想を抱いた。

ちなみに家に戻って、歯の痛みを散らすために飲んでいた薬の注意書きを読むと、これを飲んだら運転するなというようなことが書かれていた。私は歯医者へ行き治療を済ませ、また数日後の試験を迎えることになった。

雷交じりの悪天候となったこの日、しかし私の運転は快調そのものであった。助手席に座る教官は通常、何か減点になるようなことがある度にペンを走らせるのだが、私は運転しながらも教官が全くシートに何かを書き込んでいないということに気付いていた。浅田マオちゃんが言うところの「ノーミス」というやつである。私の車に同乗したもう1人の受験者は残念ながら、交差点の右折で横断歩道を歩く歩行者に気付かずアクセルを踏むという致命的な失態を犯し、私が思わず漏らした「あっ!」という声と共に教官にブレーキを踏まれ、そこで試験を終えることになった。最後に方向転換という項目をさらっとこなし、私はようやく合格した。再び自動車免許を得ることができたのである。想像していたよりも長い道程であった。

ここまで長々と免許取得までの出来事を書き連ねてきた。数人の読者から「読みづらい」という指摘をいただいたが、その反省を含め、また後日"これまでのまとめ編"を発表したいと思う。

5.08.2007

自動車免許の再取得9

取消処分者講習を終了すると、残るイベントは試験を除けば特定講習だけとなる。
これは私が以前免許を取得した10数年前に存在しなかったもので、救急介護や高速道路での運転などを特に教わるという内容の必須項目だ。内容ごとに数日に分けて受講することも出来たが、私はまとめて一日で修了するスケジュールを組み入れた。

この講習は科目によって受講者の入れ替わりこそあったが、どれも総勢数名という小規模なものであった。まずは救急介護の講習が行われたが、私はそこではじめて人工呼吸というものを体験した(と言っても人形相手であるが)。ここで興味深かったのが、人工呼吸を含む心肺蘇生法というものが国際ガイドラインによって確立されていて、この講習によって教えられる介護のやり方もそのガイドラインに沿って行われているという点であった。極端な表現をすると、自動車教習所で学ぶものは概ねローカルで局地的なもの(すなわち試験に合格するためのもの)であるという認識を、今までの体験を通じて持ち合わせてきたのだが、ここにきていきなりグローバルでかつ実践的な技術講習を受けることになったのだ。しかも直接的には自動車運転行為と関係のない内容であるということも面白い。私はいつになく真剣にこの講習を受講した。実践的と言いつつも実際にここで学んだことを生かす場に出くわすことがあるのかどうか、人生において実践的に人工呼吸を行う機会のある可能性を数値化すれば相当低い数字が算出されるのかもしれないが、それでも私は、このような講義を自動車免許取得過程において必修とすることには意義があるように思えた。

午後には運転実技を交えた高速教習などが行われた。取消処分者講習で非常に悪い印象を受けた、運転シミュレーターを用いた実習も含まれていたが、違う種類のシミュレーターだったせいか、この日は体調を崩すことはなかった。他の受講者も平気だったようだし、使用前後に「気分が悪くなる人もいる」という説明を受けることもなかった(取消処分者講習の時にはあった)。これらのことから類推するに、シミュレーターそのものが悪いのではなく、あくまで某財閥系メーカー製のそれが粗悪品なのだと思われる。私は以前その財閥系別会社に勤めていた経験もあり、それだけに残念なことであった。

いよいよ為すべきことを為し終え、残すところは本試験のみとなった。
仮免の時と同様に私は、所属する教習所の営業所へ出向き、無料の模擬試験を受けた。事前に少し勉強してから臨んだこともあってか、いきなり高得点を叩き出す事が出来た。営業所のおじいさんは「別の日にまた模擬試験をこなしてから本試験を受けに行きなさい」というアドバイスをくれたが、私はもう少し自宅で勉強すれば間違いなく本番も成功するという確信を抱いて、アドバイスを受け流した。

4月某日、私は鮫洲で本免許筆記試験を受けた。模擬試験後に抱いた確信は結果的に思い上がりではなく、合格。しかし合格率の低さには驚いた。受験番号が電光掲示されるのだが、私の番号010が最初に点灯し、つまり私の前9名が不合格で、その後の点灯状況を見ても合格確率はせいぜい1割台というものであった。しかるべき準備をすれば容易に合格すると思われる試験なのだが、皆受験料と時間に鷹揚なのだなと思えて仕方がなかった。

4.26.2007

自動車免許の再取得8

いきなり話を脱線させるが、皆さんは今年の6月2日より"中型免許"なるものが新設されることをご存知だろうか?これは基本的には従来の普通免許と大型免許の間に割り込んできたようなもので、例えは悪いがその圧迫を受けたような形で、6月2日以降に取得する普通免許で運転できる車の車両総重量や最大積載量は、6月2日以前に取得するものよりも小さくなるのだ。詳しくは、おそらくこの改正法の施行直前には一般にもニュースとして広まっているだろうから省略するが、ともかく最近、免許取得時に必要な講習や教習・試験などの予約状況が混み合っていたのは、こうした事情も絡んでいるのかもしれない。

2ヶ月待ってようやく受講できた取消処分者講習の話に戻る。
2日目の朝、最大の関心事はやはり前日講習中に倒れたおじさんの安否についてだったが、無事に参加していた。前日は体が回復するのを待ってタクシーで帰った、途中病院に寄る気力もなく、帰宅してすぐに寝たという話を後で耳にした。私などは現在、比較的スケジュールを自ら立てることの出来る生活をしているためまだ免許を取り直すといっても、それをし易いわけだが、会社勤めの人などの多くにとって、一度失った運転免許を再取得するという道のりは険しい。この講習にしても、2ヶ月待たされた上に平日しか開催されず、しかも2日連続という条件なのだから、そう簡単に受けられるものでもないだろう。実際に予約をしながら初日から来れなかったという人も何人か存在したし、この初日に倒れたおじさんも、体は大事だといっても次にいつ受けられるかわからないこの講習から脱落するわけにはいかないという決意が伝わってくる。私は身の引き締まる思いがした。

2日目の内容は、初日に行った運転適正検査の結果発表と説明、それと引き続き運転実技指導にレクチャーといったものだ。適性検査の結果は私にとって意外なものだった。10年以上前にはじめて受けた検査の結果は最悪のもので、「あなたは免許取得後、事故を起こす可能性があるから気をつけなさい」というようなことを当時教官から言われたと記憶しているのだが(実際に事故は起こさなかったが、免許取消処分を受けた)、今回は逆に最高レベルのもので、大変運転に向いているとのお墨付きを与えられた。こういった検査の結果にどの程度の精度があるのかわからないが、やはり10歳以上歳をとれば気付かぬうちにメンタリティーも大分変わってきているのだろう。

この日のレクチャーでは講師が「さて、突然だけど、事故は何故起こるのでしょうか?1人1つずつ答えてください」と、全員を当てて質問する時間があった。私は5番目ぐらいに当たり、「(運転技術に対する)慢心」と答えたら、次に当たった人は「自信過剰」と答え、その次の人は「過信」と答えていた。もはや同義語を言い当てる国語の授業と様変わりしたようで、可笑しかった。

夕方、講習の感想文を提出して終了という段になった。8つほどの項目について、1つの項目につき最低3行書かなければならないという制約があるのだけど、1人どうしても書き終わることができないおじさんがいた。その人はレクチャーの中でもわりと積極的に質問や発言をしていたのだが、どうにも文章を書くという行為が苦手のようなのである。色々な人がいるものだなあ、と改めて思い知らされた。

4.11.2007

自動車免許の再取得7

取消処分者講習の予約日が迫り、私は再び免許再取得に向けてのアクションを起こすことにした。
ここから本免許を得るまでに必要な項目を箇条書きにすると、以下のようになる。

・1日2時間以上で5日以上の路上運転履歴
・取消処分者講習(2日間)
・特定講習(7時間ぐらい)
・本免許筆記試験
・本免許実技試験

この中で特定講習というものは、順番として本免許試験合格後に受講してもいいものなのだが、その場合本免許試験合格の日に免許は交付されず、講習受講を証明する書類を後日免許センターに提出してはじめて交付されるという手間のかかる流れになる。私はとりあえず路上運転履歴を満たし、実技試験に向けてのテクニックを身につけるため、路上教習の予約を入れた。

数年ぶりに公道上を走るというので少し緊張しながら始まった路上教習において私は、すぐにカンを取り戻して運転の硬さこそほぐれたものの、つい2ヶ月前に仮免許対策として教わった正しく細かなドライビング・テクニックをあまり覚えておらず、1からやり直しとまではいかないものの、色々なことをその都度思い出しながら運転しなくてはならない状態になっていた。単純な左折1つをとっても、ウインカーを出すタイミング、車を左に寄せるタイミング、アクセルとブレーキのメリハリ、巻き込み確認の徹底etc..、知識というよりも体で覚える必要のあるポイントが幾つも存在した。仮免許を取得する直前の段階では、教習所のコース内で運転する限りにおいてはかなりのレベルで体に浸透していたのだが、もう忘れてしまっている。空白の期間が恨めしい。

また路上においては、例えば3速で40キロをキープしたり、4速で50キロをキープし続けるということが意外と難しい、というより精神的に苦痛であることがわかった。前を走る車は大抵もっと加速していくし、後ろを走る車がもっとスピードを上げていきたいと思っているのもよく伝わってくるという状況だと、制限速度を守らないと試験では減点されると理解していても、つい流れに沿ってアクセルを踏んでしまうという危険性があるわけだ。早い流れには逆らい、かといって50キロ制限の場所を40キロで走っても駄目で、速やかに時速50キロへと加速しそのスピードを保たないといけない。左折と並んで、これも実技試験では大きなポイントとなるだろうと予感させる体験であった。

路上教習を3日分行ったところでいよいよ取消処分者講習の日がやってきた。この講習は鮫洲や江東などの免許センターや、私が通っている教習所ではなく、また別の教習所で受講することになっていた。東京都内では3箇所でしか開催されていないということだ。朝早くその教習所に私が着くと、40歳代やそれ以上に歳をとった方々の姿が目についた。私の後に入所してきた人達を見ていても、年下であろうと思われる人の姿はあまり見当たらず、同世代かそれ以上の人ばかりだった。しかも全て男性だった。そんなメンバー構成で講習はスタートした。

初日には運転適性検査や、事故を起こさないためのレクチャー、運転実技指導などが行われた。運転適性検査は取消処分者講習に限らず、免許を取得するために公認の教習所に通えば大抵受けることになるもので、足し算や引き算、四角いマスの中に三角形をひたすら制限時間内に書くといった反射神経を測るものや、性格診断などで構成されていて、結果は2日目に発表するという流れになっていた。レクチャーはビデオ教材を用いたもので、いくつかの事故事例を挙げ、どのようにしてそれは起こったのかという検証によって構成されているのだが、ドキュメンタリーと銘打ったそのビデオは内容としてはむしろメロドラマの範疇で、私は本来目的とはやや違う意味で堪能してしまった。

そして実技指導。私を含む数名は仮免許を取得してからこの講習に臨んでいたものの、大半は仮免許取得前段階での受講だった。この文章を読んでいる方が私のように免許再取得を目指すことになった場合、取消処分者講習は仮免許取得前に受講することをお勧めしよう。これは受講してみてわかったことなのだが、この講習における実技指導は仮免許の実技試験を念頭においたものだからだ。コース外での指導は仮免許を持っていても行われず、私を含む数名の取得者はその時間帯を、車庫入れや縦列駐車の実践を行った以外は筆記試験対策に費やすことになり、私は少し損をした気分になった。実技指導では実車の他にも、シミュレーターを使ったものも行われたのだが、某財閥系工業会社が製作したこの運転シミュレーターは残念ながらどう考えても欠陥品としか思えない代物で、運転に関わる機能はうまく再現していると思うのだが、とにかくユーザーを車酔い(シミュレーター酔い?)させるのだ。私は軽く目眩と吐き気をもよおした程度で済んだが、私の前に体験した2人は終了後にぐったりとしていた。

初日も夕方になり、最後に軽くレクチャーの時間があったのだが、そこで事件が起きた。教官が我々に解答を求めるに当たって、その教官が眠っている受講者を発見し、「寝てはいけませんねえ」と言いながら近寄ったところ、その受講者は寝ていたというより気絶していたということが発覚したのだ。運転シミュレーターを終えてぐったりしていた2人のうちの1人だ。教官は青ざめ、救急車を呼ぶかどうかという判断を迫られた。気絶していた受講者は意識を取り戻し、救急車を呼ぶ必要はないと答えた。騒然とした雰囲気の中、最後はあわただしく初日のスケジュールが終わった。

3.06.2007

自動車免許の再取得6

再試験の会場には、前回と違って複数の受験者が待機していた。私は電車の接続が悪くて5分遅刻したが、咎められることなく手続きを済ませ、試験に臨むことが出来た。しかしいくら注意されなかったからといっても、遅刻した当人としては、自分が悪いとはいえ出鼻をくじかれたというか、少しは遅刻によって受験できなかったという事態も覚悟して会場に駆けつけた手前、受けられてほっとした半面、"今回は受けられただけでも良しとするべきかな"というようなネガティブ思考を身に纏ってしまった。

私の順番は2番目で、前の受験者が運転する車に同乗して事前にコースを下見することが出来た。20歳前後であろう若い受験者の運転に、私はあまりミスを発見しなかった。運転自体はややぎこちないものの、ポイントは丁寧に押さえたドライビングに見えたのだが、彼は無情にも落第。これで私のネガティブ思考はますます増幅し、開き直りにまで昇華した。これで完全に落ち着くことが出来た。

私の番になった。坂道、踏切、交差点、直線45キロなどの項目を次々とこなしていく。もはや運転しながら自己採点していくことを放棄していた。今自分で運転している様が試験官にどう採点されるのかをほとんど気にすることのないまま、私はS字を超えクランクに入った。程なく「あ・・」という試験官の声が車内に響いた。前輪が縁石を軽く踏んでしまったのだ。私はS字・クランクに関しては何の心配もしていなかった。教習中も失敗したことがなく、前回の試験でも問題なくクリアしていた。よもやここで縁石を踏むことになろうとは思いもよらぬ事態だ。しかし私は、わずかコンマ何秒かの間に次のような仮説を頭に描いていた。"試験官が「あ・・」と発声したのはおそらく、ここまでミスがなかったのにこんな簡単なところでやってしまったからで、今のところうまくいっているのだ"と。ネガティブから出発した気分は、開き直りを経ていつの間にかこんなにもポジティブなものへと変貌を遂げていた。私は落ち着いた手つきでバックギアを入れ、車の姿勢を正し、クランクに再突入した・・

2度目の受験で、私は仮免許証を手に入れた。実際に教習所で車に乗り出してからここまで約半月程度。早くはないが遅くもなく、免許再取得までの道程において、ここで道半ばという具合だろうから、まあ3週間後ぐらいには晴れて目標を達成できるかなと、私はこれからの道筋を立てつつ軽い満足感に浸っていた。この後路上で数度にわたって教習を受け、特定講習を受講し、取消処分者講習というものに参加すれば本試験受験となる。

しかし、事は思うとおりに運ばないものだ。私は試験翌日、取消処分者講習の予約をするために東陽町の江東運転免許試験場へと向かった。本当は前日に試験後、鮫洲で予約をすれば良かったのだが、私はそれに気付かず、また用事もあったので仮免許交付後いそいそと鮫洲を後にしていたのだった。その日私は東陽町のほうが鮫洲に行くよりも都合が良かったので、江東試験場へと足を運ぶことにしたのである。鮫洲よりも新しく、やや空虚な感じを漂わせた場所だ。私は1階の受付で指定された窓口へ行き、その窓口で指定されたまた別の窓口で用件を伝え、返事を待った。

窓口の女性は一旦奥へ引っ込むと、カレンダーを持って現れた。カレンダーは2ヵ月後のページがめくられていた。「一番近いところで、この日になりますけどどうしますか?」彼女は少し申し訳なさそうに言った。私はまさか2ヶ月も待たされることになるとは思わなかったので、「どうしてもこの日まで受けられないんですか?」と訊ねてしまったのだが、そんなことで答えが変わるはずもなく、仕方なしに勧められた一番近い日の予約を入れた。

ここでようやく、この連載は現実の時間に追いついた。3月6日現在、私は取消処分者講習を受けるまでの2ヶ月間という、長い時間の真っ只中にいる。営業所にいる教官のおじいさんからは「取消処分者講習は大体、2週間後ぐらいまで埋まってますよー」なんて具合に聞かされていたのだが、2週間がどうなると2ヶ月になるのか。おじいさんがそこまで適当なことを言っているとも思えないが、私は、道路交通法の変更に伴って免許取消処分を受けた人が一気に増加したからなのではないか、そしてその変化に、おじいさんがまだ気付いていないのだろう、という風に推測している。

2.27.2007

自動車免許の再取得5

仮免実技試験の日、1週間ぶりの鮫洲試験場では再び受験生の数に驚かされた。マニュアル車に限って言えば、私1人だけ。オートマチック車で受験する人は数人いたが、とにかく私は、自分の前で運転する人の按配を確かめてから試験を受けられるものと思い込んでいた予定が簡単に覆され、試験の説明を聞くとさっそく乗車する運びとなってしまった。

予定外のことはまだ続く。乗車しクラッチとブレーキの具合を確かめると、これが異様に硬い。硬いという印象は、私が昔乗っていた車や教習所の車と比較したもので、本当はこれぐらいの硬さが適切で、私が経験してきたものが軟らかすぎるということなのかもしれない。この慣れぬ感触が逆作用を及ぼし、直線で45キロを出した後のブレーキングにおいて、私は慎重にブレーキを踏んだ結果、あまり減速せずあわてて何度もポンピングブレーキを繰り返した。いきなりの失点である。その後坂道発進などは無難に切り抜けたものの、ここでもう一つ、路上や教習所とは異なる予定外の条件に惑わされる。

それは、コース上に私の車と、オートマチックで受験しているもう1台の車しか走っていないということだった。基本的に教習所では他の教習車が大勢走っていて、度々流れが止まる。だから止まっている間に次の流れや項目を確認し、やらなければならないことに備えることができるのだが、試験本番の空いたコースではそうはいかなかった。私は赤信号のために速度を落とし、停止直前にギアをローに変えようとしたところで信号が青に変わった。ほとんど車は停止状態に近かったが、うっかりとギアをローに落とさないままセカンドで再び加速。エンストを起こしたわけでもなく、一見問題のない行為だがこれも減点対象になる。

こうして私は試験に落ちた。1週間後に再試験の予約を入れ、教習所にも不合格の知らせと、再試験までの間に追加実習をお願いする旨を伝えた。私は自動車免許試験に限らず、試験というもの自体を久しく体験していなかったので、筆記試験に合格した際は試験の難易度を超えた喜びを感じたものだが、不合格という体験もまた、忘却の彼方にあったものを掘り起こされたような、嫌なものであった。

再試験の前日に私は池袋から教習所へと向かい、再び実技教習を受けた。教官は不合格を残念がってくれたが、一方で「最初は慣れないということもあってよく落ちるものだが、2度目で絶対受かるようにしましょう」と言ってきた。内心では"鮫洲で受ける試験は相当難しいものだから、3回のうちに受かれば上等かな"と甘い考えを抱き始めていた私にはその言葉がプレッシャーとなり、また目を覚まされたような気にもなった。

2.20.2007

自動車免許の再取得4

仮免の筆記試験に合格し、いよいよ車の運転を学ぶ時が来た。

教習所へは池袋駅からマイクロバスに乗って行くことになる。私は池袋という街に今まであまり縁がなかったのだが、サンシャインビル群のちょっとした狭間にある高速道路の入口からぐっと螺旋の坂を登り、トヨタのショールームらしきものがある不思議な形の建物や、巨大なドンキホーテなどを眼下にしながら走っていくバスの車窓はとても不思議で、30年前の人間が想像した20年後の都会を思わせるような風景だ。タルコフスキーの「惑星ソラリス」という映画を連想させる風景なのである。もっとも「惑星ソラリス」には実際に東京の首都高速が未来都市の風景として使われているのだが、この路線ではない。

教習所がある埼玉県の河川敷もまた、私には新鮮な風景が広がっていた。広域にわたって公園化されていて、それでいて施設が少ない、とてもゆったりとしたつくりになっている。遠くには大きな水門や高いアンテナが見えて、さらに遠くにはさいたま新都心のビル群を望むことができる。ここにおいて私は広大な北海道の風景を連想してしまう。

話は脱線するがこういった景色の第一印象というのはとても大事なことなのではないだろうか。私などは成田空港に用事があると、いつもそれを考える。日本を初めて訪れた外国人が空港から電車に乗り、トンネルを抜けて広がる景色を目の当たりにして何を思うか。とにかく私にとって、教習所へ到るまでの光景は極めて気分の良いものだったので、これからはじまる教習にも積極的な気分で臨めることになった。

結局この後、仮免の実技試験までに私はあと4回、この地へ通った。教官の指導は想像以上に(と言っては失礼だが)的確かつレベルの高いもので、免許取得後までを視野に入れた教え方のように思えた。車を運転すること自体が久しぶりで、しかも教習コースのようなところを走るのはそれこそ、以前教習生だった頃までさかのぼらないと経験していないことなので、とても楽しいのだが、その後路上で実際に運転していた時期が長かったこともあって、私はその時についた悪い癖を修正するのに骨を折った。運転技術というのはそう簡単に落ちるものでもなく、坂道発進やS字・クランクなどは訳もなく通過できるのに、癖を押さえ込むことはなかなかできない。私の弱点は停止時にギアをニュートラルに入れてしまうことと、時折セカンドギアで発進してしまうこと、ポンピングブレーキの局面で何度もブレーキを踏んでしまうこと(正しくは2回)だった。それでも運転はできる、というより路上でそうやって運転している人は多いのだが、それだと試験は受からない。教官はよく指導してくれたが、私はいつ弱点が露呈してもおかしくないという不安を拭えないまま、予定していた教習回数をこなし、試験日を迎えた。

2.09.2007

自動車免許の再取得3

はじめて受けた模擬試験で思わぬ高得点(と言っても合格点ではないのだが)をマークした私は数日後、その間何も準備をしないまま再び営業所へ出向き、別の模擬試験を受けたところ、50点満点中の30点台という体たらくで、続けざまにまた別種の試験を受けても30点台という、散々な結果を残した。

やはり油断してはならなかった。実技はともかく筆記試験は、労さえ惜しまなければ合格するものである。無駄な時間と金銭の浪費を避けるべく私は次に模擬試験を受けるまでに教科書を3回読み通した。そしてまた数日後、空いた時間に営業所へ行き、模擬試験を2つ受けると、ようやく2つとも合格点を揃えることができ、教官のおじいさんから「もう免許試験場に行って本番を受けてもいいんじゃないかな」とのお墨付きをもらった。

既述の通り、私が通っている教習所は公認のものではなく、仮免の筆記・実技試験及び本免の筆記・実技試験は公安委員会が管轄する免許試験場で受験することになる。公認とか非公認というのも、公安委員会が公認する(しない)ということであり、そもそも公安委員会とは各自治体知事の所轄下に置かれた、警察を管理するための上部組織なのであるが、実際にその大きな役目の一つである運転免許交付業務は警察に委任されているため、我々が免許を取得する際に様々な場面で対峙する人物というのは結局警察官だということになる。

ある日の朝、私は現在、東京都民なので品川区にある鮫洲運転免許試験所というところに足を運んだ。鮫洲駅から試験場へ向かう道程には幾つもの行政書士事務所や免許試験予備校があり、その社員たちが朝早くから街頭に出て客引きをしていた。試験場の建物は想像外に古びたもので、外国人の比率が高いのには驚かされた。しかも、建物の二階にいる外国人がハイソサエティー風な外観であるのに比べ、私の受験会場である三階には、あまり裕福とはいえない格好の外国人たちがたむろしていた。その高い比率の割に、施設案内の外国語表記は極めて脆弱に見えた。

会場の指定された椅子に座って更に驚いたのは、受験者の数とその内訳であった。その日の午前、仮免の筆記試験を鮫洲で受けるのはたったの5人。2人は黒人で、2人はいかにも不良風な日本人、そして私。前面の黒板には「仮免5 内英語検定2」と書かれていた。どうやら黒人の2人は英語で表記された試験を受けるようだ。そのうちに試験監督が入場して、説明をはじめた。説明の一切は日本語で行われたのだが英語で受験する2人はそれを理解できたのだろうか?

試験がはじまり、私は時間内に回答を終え、会場の外に出て結果発表の時を待った。程なくして日本語で「結果を発表するから、受験者は会場に戻ってください」というアナウンスが流れ、私は"これでは英語圏の彼らには伝わらないだろうから知らせてあげよう"との機転を利かせてあたりを見回したが、彼らは見つからなかった。会場に戻っても彼らはいなかったが、そこで試験監督の警察官に「英語で受験した2人にも伝えてください」と忠告するような機転は、残念ながらその時の私には働かなかった。もし働いていたとしても、結果だけ見ればそれは徒労に終わっていただろう。なぜなら合格者は私だけだったからだ。

私は合格という結果にほっとしたものの、その日朝から眺めてきた光景の数々を思い浮かべて何やら複雑な思いを抱きながら、鮫洲の町を後にした。

2.06.2007

自動車免許の再取得2

私が選んだ教習所は、都内に営業所が数箇所あり、運転コースは営業所とはまた別の場所にあって、そこまでは教習所が用意した無料バスで往復するという形態を取っている。1つ1つの営業所は小さなもので、せいぜい小学校の1教室分ほどのスペースしかない。
雑居ビルの一角に存在するその営業所へ私が入っていくと、そこにいたのは教官然としたおじいさんと若い受付嬢、そして机に向かう2人の中国人だった。

ひととおりの説明を受け契約を交わすと、教官然としたおじいさん(実際に教官なのだが、以降おじいさんと表記する)が「今もう少し時間があるなら、模擬試験を受けてみないか?」と聞いてきたので、私は早速中国人たちと並んで机に向かうこととなった。この教習所では学科授業がない代わりに数種類の模擬試験を無料で何度でも受けることが出来る。何度か受けて間違えた箇所を覚えていくうちに、やがて実際の試験に合格するレベルに達するというやり方だ。

かつて免許を持っていたことがあるといっても、試験を受けたのは10年以上も昔のことで、少しは勉強し直さないと高得点は取れないだろうと思いながら、あまり深く考えることもなく機械的にマークシートを埋めていき、私より随分先に始めていた2人に先だって解答を求める、50点満点で44点。合格には1問正解が足りなかったものの、事前の予測よりは随分とよい結果を得たので、私はこの時点で早々に油断し、まだ車を動かし始めてさえもいないのに"再取得までそう時間もかからないだろう"などとタカをくくっていた。

それでも私は間違えた問題の見直しをその場で行い出すと、中国人たちも試験を終え、おじいさんによる彼らへのレクチャーがはじまったので、私は見直し作業を続けながらも、おじいさんの言うことに耳を傾けずにはいられなかった。おじいさんは「Aさんは知識があるけど日本語を読む力は少し足りない、Bさんは引っ掛け問題を読み解く語学力を持っているけどもっと法律(道路交通法)の勉強をしないとダメだなあ。」などと説明していて、その飄々とした話し方には惹かれるものがあるのだが、この場合Aさんに日本語を教えたりもするのだろうか?とか、日本人でもよく引っ掛かるような免許試験の問題をBさんはよく解くことが出来るな、とか、このおじいさんが言っていることは結局のところ状況説明であって、教官として合格に導くようなことを特にしていないんじゃないのか?とか、色々な事を考えさせられてしまった。

その後私は幾度となく営業所や運転コースに足を運ぶことになるのだが、今のところ中国人の彼らには再会していない。
(注:2007年2月6日現在私は未だに免許取得活動中で、ここにある内容は少し前の出来事を描写したものです。)

(つづく)

2.01.2007

自動車免許の再取得

数年前の短期間内にまとめてスピード違反と駐車禁止行為に及んだ結果、自動車免許取り消し処分を受けた私は、何一つとして資格を持たないという身分のまま青春を謳歌していたものの、その間に何度か「ああ・・今免許があれば」といった体験をしたり、またここ数ヶ月は比較的自由に時間を使えるという状況を得たこともあって、ようやく重い腰を上げ再取得に向けて動き出すことにした。

免許を取り消された話をするとよく「再取得する場合はゼロからのスタートになるのか?」という質問をされるのだが、実はゼロではなくマイナスからのスタートになる。取消処分者講習(2日間、有料)というものがあって、従来の仮免から本免という流れとは別に、必須項目としてこの講習を受けないと再取得することは出来ない。

さて免許を取るぞと決断したところで、自動車免許を取得するまでの道筋を自動車教習所という観点から調べてみると、おおまかに以下の3通りが考えられることがわかった。

・普通に指定自動車教習所へ行く
・非公認の自動車教習所(技能試験を教習所ではなく運転免許試験場で受ける)へ行く
・教習所へ行かず、自力での取得を目指す

細かく言えば、指定教習所へ行くにしても合宿教習か自宅から通うかという選択肢があり、また非公認教習所といっても様々で、例えば特定届出自動車教習所という特定講習を行う資格のある所もあれば、ただ私有地でプライベートに教えるような所もあるようだ。

はじめて免許を取得した10年以上も昔の頃、私はせいぜい合宿免許か通いかという選択肢しか知らず、選択を迷うこともなかったのだが、少しは運転の心得があると自負する今、これだけの選択肢を前に1つの道を選ぶということには数日間頭を悩ませる必要があった。

結局私が選択したのは、非公認の特定届出自動車教習所に入るという道だった。
選んだ理由は、学科授業を受ける必要がなく技能教習も1回ずつの値段設定なので、スムーズにいけば指定教習所より拘束時間も短く経費もかからないというところと、以前免許を取得した際に指定教習所を体験したので、せっかくだから別の経緯を歩んでみたいというちょっとした冒険心からだ。

ともあれ私は、とりあえず取消処分者講習を後回しにして、教習所の門を叩いた。

(つづく)