某日深夜、実家で寝ていた私は「ドカーン!」という轟音と共に目を覚ました。なぜか体が傾いている。左上のベッドの足が、ベッドマットを乗せている台と離れ、台ごと斜めにずり落ちてしまっていた。
眠気と、ベッドが壊れたという事実に不機嫌な私は、色々と修理を試みたが、台と足を接続するボルト自体が折れてしまっているので直すことができない、という実態を認めるまでに30分もかかってしまった。諦めた私は仕方なくベッドマットを、崩壊したベッドの枠組みの横に敷き寝ることにした。この状態は今でも続いている。
しかし、安物とはいえベッドなんて壊れるものなのかね?壊れると言えば私の携帯電話もおかしなことになっていて、先日フットサルの後、友人と談笑していたらその友人が笑いながら「おい、意味もなく電話すんなよ」と言ってくるから驚いて彼の電話機を見ると、確かに私からの電話がかかっていて鳴っている。私の電話機はカバンの中に入れっぱなしにしていたというのに・・恐ろしい話だ。
その他にも、十分に充電された状態でも簡単なメールを1発送信しただけで、送信直後に力尽きたように電源が切れたり、ある日今までに受信したメールが全て未開封になっていたりと私を困らせるのだが、何故か買い換えることもなく今でも不安定なまま使い続けている。
まあ、ベッドにしろ携帯にしろ壊れたまま使い続けているのだから、それほど困っているわけではないのかもしれないが、もう1つ、これまた半端に壊れたまま使い続けているものがある。それは、散々買うだの買わないだの言っておいてようやく昨年末に購入した、新しい折り畳み自転車のハブダイナモである。どうにも購入した時からランプのつきが悪い。調子よく点灯する時もあれば、全く点かない時もあり、頼りなく点くという場合もある。これじゃいかんと思って一度、買った店で点検してもらったところ応急処置をしてもらい、全く点かないということはなくなったのだが、相変わらず頼りなくしか点かないということがよくある。これは点検時にお店の人も予期していて「これでだめならダイナモの交換ですね」と言われていたのだが、良いと言われているドイツ製のなんとかというダイナモの値は3万強・・困った値段なので、これも交換せずに放置している。
とまあ、色々なものが身の回りで中途半端に崩壊したまま放置されているわけだが、本当に崩壊しているのは、万年床と化したベッドマットを「こりゃ楽だ」と称し、全て未開封になったメールを1つ1つ読み返して友人から過去に届いた馬鹿な文章にほくそ笑み、不安定な自転車のランプにまでどこか風流を感じてしまう、私の精神そのものだったりするのかもしれない。
11.20.2008
自転車日本一周? -2、東京から袖ヶ浦-
ALPSLABというサイトのrouteというサービスがなかなか面白い。地図上で基点と終点までのルートをクリックしたりドラッグしたりして決めると、基点から終点までの動きが動画になって表示され、また距離や標高もわかるというようなサービスなのだが、1つ重大な欠陥がある。とにかく重いのだ。深夜にならないと内容を更新したり、閲覧することができない。モノが面白いだけに何とかならないのかねえ?
とはいえ、私もこのサービスを用いて自転車旅の記録を残すことにしました。気が向いた方は見てやってください(ただし深夜に)。
ALPSLAB routeで表示する今回のルートはこちら↓
東京-袖ヶ浦
ところで、東京から熱海へ自転車で走り「何年かかけて日本一周でもしてみようかしらん」などと想起した後、鉄は熱い内に打てとばかりに次の旅を企んでいたものの、予定がたたぬうちにとりあえず11月3日、日帰りで千葉方面へ行けるところまで行くことにした。例によって発走は遅れに遅れ、午後1時半にようやく出発。いきなりカメラを忘れたことに気付くが、戻るのも面倒なのでそのまま環状7号線を進む。
北区・足立区・葛飾区と、ほとんど土地勘のない地区を行くが、そこには東京のある典型とも言うような町並みが続いていた。色の少ない、四角い建物が林立し、緑に乏しい景色の中をぐいぐいと走る。時折現れる隅田川や荒川、中川などの水辺を行き、橋を超える時だけは心が安らぐものである。やがて千葉県に入り、国道14号線を市川や船橋と所を変えて走るが、大して景色が変わることなく、私は淡々と前へ進んだ。
景色が急変したのは千葉港の辺りからだ。11月の短い日は暮れ、右を見ればコンビナート、左を見れば公園か林というロケーションが続く。街灯は極端に少なく非常に暗いので、安物のライトしか持ち合わせない私はほとんど足元が見えない中を慎重に進むしかなかった。体力も既にかなり消耗していたが、それよりも暗さが精神力を侵食しているのが堪える。6時過ぎだったか、左に曲がると姉ヶ崎という標識が見えたので、私は迷わず姉ヶ崎駅へと向かった。もう限界である。
駅近くで光と空腹の解消を求めて、ケンタッキーチキンへと滑り込むと、生き返る思いがした(多少大げさだが)。チキンをほおばり、ここまでの道程を地図片手にぼんやりと追っているうちに、もう10kmぐらい走ってみようかという気になった。すっかりと日は暮れているものの、まだ7時にもなっていないのである。私は腰を上げ、再び自転車にまたがり、線路沿いの田舎道を2駅分進んで7時半に袖ヶ浦駅に到着した。
しかしホッとしたのもつかの間、時刻表を見ると、次の快速電車まで14分しかない・・私はダメもとで自転車の解体に全力を注いだ。前輪を外し、サドルを抜いたりして無理やり袋に詰め込むとそれを抱えてホームへダッシュ。息を切らせながら時計を見ると、なんと今まで30分近くかけていた輪行作業を9分で終えていた。達成感と共に缶コーヒーを味わっていると「まもなく電車が参る」というアナウンスが聞こえた。しかしそこで私は、ホッとしたのもつかの間という状況をまた体験する。
自転車の解体や組み立てに用いるペンチを、駅前の解体した場所に忘れてきたことに気付いたのだ。私はかなり情けない思いを抱きながら再びダッシュ。階段を上り降り、改札をくぐって置き去りにされていたペンチを握ってまた階段を上り降りると、電車は到着していた。重い輪行袋を持ち上げてなんとか電車へ乗り込むと、他に誰も乗っていない客車の中で私はへたり込んだ。いやはや、自転車を漕いだ事よりも最後のドタバタ劇が印象に残る旅であった。
そして次週、友人たちから「サイクルモードという自転車の展示会を見に行かないか?」という誘いがあった。重い自転車を持ち歩いたり、解体や組み立てを行う輪行という所業をなんとか楽にできないものかと、前週の体験によって考え始めていた私は、その誘いに乗っかって幕張メッセまで足を運ぶことにした。
事前知識なしで訪れたこのイベントは、想像を大きく超えたスケールで催されていた。メッセの巨大な空間に何百という自転車関連業者が所狭しとブースを並べ、会場の脇には試走コースが数箇所設置されていた。数多くの来客は、昨今の自転車ブームを物語っていた。驚いたことに、ちょっと名の知れたメーカーのブースで試走を申し込むと、数時間待ちだったり終了していたりするのだ。入場料を払って自転車売り場に来てるのに、試乗もできないってどういうこと?と憤慨を覚え、スタイリッシュに過ぎてスノッブな感のある自転車ブームというやつに唾を吐きたくなる気分ではあったが、私はその唾をぐっと飲み込み、会場を黙々と歩いていると、大手折り畳み自転車メーカーのブースを発見した。
(サイクルモードの光景)
折り畳みか・・輪行は楽そうだが、走行性能はどうかなと、試走を待つ行列の最後尾に並ぶ。10分後にそのメーカーで最軽量の自転車が私に回ってきた。約8kg、実に軽い。コースで走ってみると、スピードも随分と出る。立ち漕ぎなど負荷をかける動きをした場合の安定性に不安は残るものの、ほぼ申し分ない性能だ。こいつはいいなあと思い、ブースへ戻って値段を見てまた驚いた。20万弱、今乗ってるやつの約9倍!
いくらなんでも、高いよね?でもいいなあ、高級折り畳み自転車。こうして私の新車購入計画は、再び迷走期へと突入したのであった。
とはいえ、私もこのサービスを用いて自転車旅の記録を残すことにしました。気が向いた方は見てやってください(ただし深夜に)。
ALPSLAB routeで表示する今回のルートはこちら↓
東京-袖ヶ浦
ところで、東京から熱海へ自転車で走り「何年かかけて日本一周でもしてみようかしらん」などと想起した後、鉄は熱い内に打てとばかりに次の旅を企んでいたものの、予定がたたぬうちにとりあえず11月3日、日帰りで千葉方面へ行けるところまで行くことにした。例によって発走は遅れに遅れ、午後1時半にようやく出発。いきなりカメラを忘れたことに気付くが、戻るのも面倒なのでそのまま環状7号線を進む。
北区・足立区・葛飾区と、ほとんど土地勘のない地区を行くが、そこには東京のある典型とも言うような町並みが続いていた。色の少ない、四角い建物が林立し、緑に乏しい景色の中をぐいぐいと走る。時折現れる隅田川や荒川、中川などの水辺を行き、橋を超える時だけは心が安らぐものである。やがて千葉県に入り、国道14号線を市川や船橋と所を変えて走るが、大して景色が変わることなく、私は淡々と前へ進んだ。
景色が急変したのは千葉港の辺りからだ。11月の短い日は暮れ、右を見ればコンビナート、左を見れば公園か林というロケーションが続く。街灯は極端に少なく非常に暗いので、安物のライトしか持ち合わせない私はほとんど足元が見えない中を慎重に進むしかなかった。体力も既にかなり消耗していたが、それよりも暗さが精神力を侵食しているのが堪える。6時過ぎだったか、左に曲がると姉ヶ崎という標識が見えたので、私は迷わず姉ヶ崎駅へと向かった。もう限界である。
駅近くで光と空腹の解消を求めて、ケンタッキーチキンへと滑り込むと、生き返る思いがした(多少大げさだが)。チキンをほおばり、ここまでの道程を地図片手にぼんやりと追っているうちに、もう10kmぐらい走ってみようかという気になった。すっかりと日は暮れているものの、まだ7時にもなっていないのである。私は腰を上げ、再び自転車にまたがり、線路沿いの田舎道を2駅分進んで7時半に袖ヶ浦駅に到着した。
しかしホッとしたのもつかの間、時刻表を見ると、次の快速電車まで14分しかない・・私はダメもとで自転車の解体に全力を注いだ。前輪を外し、サドルを抜いたりして無理やり袋に詰め込むとそれを抱えてホームへダッシュ。息を切らせながら時計を見ると、なんと今まで30分近くかけていた輪行作業を9分で終えていた。達成感と共に缶コーヒーを味わっていると「まもなく電車が参る」というアナウンスが聞こえた。しかしそこで私は、ホッとしたのもつかの間という状況をまた体験する。
自転車の解体や組み立てに用いるペンチを、駅前の解体した場所に忘れてきたことに気付いたのだ。私はかなり情けない思いを抱きながら再びダッシュ。階段を上り降り、改札をくぐって置き去りにされていたペンチを握ってまた階段を上り降りると、電車は到着していた。重い輪行袋を持ち上げてなんとか電車へ乗り込むと、他に誰も乗っていない客車の中で私はへたり込んだ。いやはや、自転車を漕いだ事よりも最後のドタバタ劇が印象に残る旅であった。
そして次週、友人たちから「サイクルモードという自転車の展示会を見に行かないか?」という誘いがあった。重い自転車を持ち歩いたり、解体や組み立てを行う輪行という所業をなんとか楽にできないものかと、前週の体験によって考え始めていた私は、その誘いに乗っかって幕張メッセまで足を運ぶことにした。
事前知識なしで訪れたこのイベントは、想像を大きく超えたスケールで催されていた。メッセの巨大な空間に何百という自転車関連業者が所狭しとブースを並べ、会場の脇には試走コースが数箇所設置されていた。数多くの来客は、昨今の自転車ブームを物語っていた。驚いたことに、ちょっと名の知れたメーカーのブースで試走を申し込むと、数時間待ちだったり終了していたりするのだ。入場料を払って自転車売り場に来てるのに、試乗もできないってどういうこと?と憤慨を覚え、スタイリッシュに過ぎてスノッブな感のある自転車ブームというやつに唾を吐きたくなる気分ではあったが、私はその唾をぐっと飲み込み、会場を黙々と歩いていると、大手折り畳み自転車メーカーのブースを発見した。
折り畳みか・・輪行は楽そうだが、走行性能はどうかなと、試走を待つ行列の最後尾に並ぶ。10分後にそのメーカーで最軽量の自転車が私に回ってきた。約8kg、実に軽い。コースで走ってみると、スピードも随分と出る。立ち漕ぎなど負荷をかける動きをした場合の安定性に不安は残るものの、ほぼ申し分ない性能だ。こいつはいいなあと思い、ブースへ戻って値段を見てまた驚いた。20万弱、今乗ってるやつの約9倍!
いくらなんでも、高いよね?でもいいなあ、高級折り畳み自転車。こうして私の新車購入計画は、再び迷走期へと突入したのであった。
11.13.2008
快挙?達成
藪から棒で恐縮ですが、ポイントサイトといわれる存在をご存知ですか?
有名なところでは"nットマイル"や"Gポ○ント"とかいったものが挙げられますが、要するにそれらの会員になって、買い物をしたり無料のゲームをやったりアンケートに答えたりバナー広告をクリックしたりするとポイントが貯まって、それを航空会社のマイレージや現金などに交換できる、というサービスを運営しているサイトのことです。私は1年近く前に、たまたま中途半端に貯まっていたANAのマイレージをもう少し集めて有効活用できないかと思い、気軽に始めたところハマってしまい、今ではいくつものサイトに登録し、こつこつ貯めたポイントだけで、それこそANAで1往復どこへでも行けるぐらいのマイレージを得てしまいました。
なんて書くとポイントサイト礼賛のように思われそうですが、実はここまでに結構手間隙がかかっています。元手がかかっていないとは言え、時給に換算したらスズメの涙のようなもので、稼ぎたいのであればその間にバイトでもやった方が得策でしょう。なので、ポイントが貯まっていくこと自体に喜びを感じたりする人や、拘束されている中でインターネットは自由に使えるという時間を生活の中に持つ人にはお勧めできるかもしれませんが、それ以外の人には特にお勧め致しません。そんなヒマがあったら、読書をしたり花鳥風月を愛でたりしていたほうが、よっぽど有意義だというものでしょう(自戒を込めて)。
ところで、私が登録しているポイントサイトの一つに"予想.nット"(ちなみにサイト名は全て仮名)というものがあって、これはバナークリックやらなんやらで貯めたポイントを、サイト側がオッズを付けて出題してくる様々な問題に賭けて、当たれば更にポイントが増えていくという仕掛けが特徴のサイトです。例えばオリンピック時には「柔道のヤワラちゃんが獲得するメダルの色は何色?」なんていう4択問題が出題されたりするわけです。スポーツに限らずあらゆる物事が出題対象となっていて、イギリスのブックメーカーで遊んでいるような気分になれます。
そして、このサイトでは時折、スポーツなどのビッグイベント前になると「予想チャンプ決定戦」と称して、そのイベントに関する問題の正答率や獲得ポイントで参加者に順位をつけ、優秀な成績の者には別途商品を出すという催しが開かれます。この秋には「プロ野球・プレーオフ&日本シリーズ予想チャンプ決定戦」が開催され、7000人を超えるユーザーがエントリーしていました。私も参加し、特にデータを調べたりすることもなく、かなり適当に各試合の勝敗などを"予想"というよりは適当に"予言"していきました。
するとこの予言が当たる当たる・・プレーオフの半ば頃に発表された最初の中間発表で、私は2位という好順位につけていたのです。たとえ何事においても、7千何百人中の2位というのは気分の良いもの。これで毎日、野球の結果が気になり始めた私は、実際の試合はTVで見れずとも、スポーツニュースなどで結果は欠かさずチェックするようになりました。その後の中間発表では9位に落ちたものの、日本シリーズの5戦目を終えたところで発表された最後の中間発表では4位でした。10位以内で賞品が獲得できるものの、3位以内になると賞品のグレードが少し上がります。私は3位以内を目指して最後の2戦を埼玉西武ライオンズの勝利に賭けました。そして見事予言的中。上位3人も当てていたら順位は変わりませんが、これでどうなったか。
と気を揉んでいたら、なんと最終順位はトップ!繰り返しますが、たとえ何事においても7千何百人中の1位というのは、ちょっと気分の良いものですね。この実績を引っさげて、野球評論家に転職しようと思います(嘘)。
秋のちょっといい話でした。
有名なところでは"nットマイル"や"Gポ○ント"とかいったものが挙げられますが、要するにそれらの会員になって、買い物をしたり無料のゲームをやったりアンケートに答えたりバナー広告をクリックしたりするとポイントが貯まって、それを航空会社のマイレージや現金などに交換できる、というサービスを運営しているサイトのことです。私は1年近く前に、たまたま中途半端に貯まっていたANAのマイレージをもう少し集めて有効活用できないかと思い、気軽に始めたところハマってしまい、今ではいくつものサイトに登録し、こつこつ貯めたポイントだけで、それこそANAで1往復どこへでも行けるぐらいのマイレージを得てしまいました。
なんて書くとポイントサイト礼賛のように思われそうですが、実はここまでに結構手間隙がかかっています。元手がかかっていないとは言え、時給に換算したらスズメの涙のようなもので、稼ぎたいのであればその間にバイトでもやった方が得策でしょう。なので、ポイントが貯まっていくこと自体に喜びを感じたりする人や、拘束されている中でインターネットは自由に使えるという時間を生活の中に持つ人にはお勧めできるかもしれませんが、それ以外の人には特にお勧め致しません。そんなヒマがあったら、読書をしたり花鳥風月を愛でたりしていたほうが、よっぽど有意義だというものでしょう(自戒を込めて)。
ところで、私が登録しているポイントサイトの一つに"予想.nット"(ちなみにサイト名は全て仮名)というものがあって、これはバナークリックやらなんやらで貯めたポイントを、サイト側がオッズを付けて出題してくる様々な問題に賭けて、当たれば更にポイントが増えていくという仕掛けが特徴のサイトです。例えばオリンピック時には「柔道のヤワラちゃんが獲得するメダルの色は何色?」なんていう4択問題が出題されたりするわけです。スポーツに限らずあらゆる物事が出題対象となっていて、イギリスのブックメーカーで遊んでいるような気分になれます。
そして、このサイトでは時折、スポーツなどのビッグイベント前になると「予想チャンプ決定戦」と称して、そのイベントに関する問題の正答率や獲得ポイントで参加者に順位をつけ、優秀な成績の者には別途商品を出すという催しが開かれます。この秋には「プロ野球・プレーオフ&日本シリーズ予想チャンプ決定戦」が開催され、7000人を超えるユーザーがエントリーしていました。私も参加し、特にデータを調べたりすることもなく、かなり適当に各試合の勝敗などを"予想"というよりは適当に"予言"していきました。
するとこの予言が当たる当たる・・プレーオフの半ば頃に発表された最初の中間発表で、私は2位という好順位につけていたのです。たとえ何事においても、7千何百人中の2位というのは気分の良いもの。これで毎日、野球の結果が気になり始めた私は、実際の試合はTVで見れずとも、スポーツニュースなどで結果は欠かさずチェックするようになりました。その後の中間発表では9位に落ちたものの、日本シリーズの5戦目を終えたところで発表された最後の中間発表では4位でした。10位以内で賞品が獲得できるものの、3位以内になると賞品のグレードが少し上がります。私は3位以内を目指して最後の2戦を埼玉西武ライオンズの勝利に賭けました。そして見事予言的中。上位3人も当てていたら順位は変わりませんが、これでどうなったか。
と気を揉んでいたら、なんと最終順位はトップ!繰り返しますが、たとえ何事においても7千何百人中の1位というのは、ちょっと気分の良いものですね。この実績を引っさげて、野球評論家に転職しようと思います(嘘)。
秋のちょっといい話でした。
11.12.2007
MP3 PLAYERと、私
相も変わらず自転車に乗り続けている私だが、少し遠くへ行く際にはipodのお世話になるという癖がついてしまった。元々私はipodになぞ興味がないどころか、アンチを貫いていたにも関わらず・・
何故私がipod(というより、携帯型の音楽再生機全般)を問題視していたのかというと、それがユーザーの自己愛と鈍感力を助長しているとしか思えなかったからだ。電車に乗っていても、疲労感を顕わにした老人がヨボヨボと立っているその前に、どっかりと股を広げて腰掛けている若者の耳にイヤホンが突き刺さっている姿は今や日常茶飯事の如く目に入る光景である。この若者は多分、自分で選び抜いた音楽の世界に入ってしまって、目の前で座りたそうにしている人がいるということに気がついていないんだと思う。
また、ニューヨークのような格好いい都会にはじめて出かけたとしよう。空港へ降り立ち出国手続きを終え、地下鉄に乗ってマンハッタンへいざ行かんとする若者の耳にはやはり、イヤホンから流れる「自分のフェイバリットソングス・NYCバージョン」が鳴り響いているのではないか。少なからず存在するであろうそういった人たちについて私は、もったいないと思わずにはいられないのだ。見聞という言葉があるけど、はじめての場所で街の音から耳を閉ざしていては、半分(つまり見聞の、見)しか世界が広がらないではないか。そんなに自分の世界を守って、愛してどうするんだよ・・
なんていう持論を抱えた私に、とある知人がタイ土産という名目で小さなipodをプレゼントしてくれた。何故タイの土産がipodなのかは全くもって謎に包まれているのだが、一応タイっぽいイメージのゴールドカラーであったことを記しておこう。兎に角、期せずしてipodを所有することになってしまったのである。
いくら頂いたからといっても、そんなに嫌いならば放っておけば済む話なのだが、私はipod(シャッフルとかいう機種です)の余りの小ささに心を奪われてしまった。元来音楽好きで、またPCではiTunesをプレイヤーソフトとして使用していたせいか、この小さな機械にお気に入りの音楽を詰め込み、街へ出て行くまでにそう時間はかからなかった。最初は「自転車に乗るときは危ないから止めよう」と思っていたものだが、一度それを試すと、疲労が半減するような気がした。その効果を理由に自転車外出の際、ipodが手放せなくなってしまったのである。
こうして、晴れて自己愛の囚人と化した私は今日(正確に言えば昨日)も所用をこなしに台東区から板橋区へと、音楽を聴きながら自転車を走らせた。用を済ませ、外していたipodを再び装着して外に出ると雨が降っていたが、それでもイヤホンをつけたまま台東区へと戻る。道中、雨は徐々に激しさを増し、自転車のスピードも鈍る。が、流れてくる音楽に勇気付けられつつなんとか台東区へ入り、家の近所までたどり着いた。目の前に迫る信号は変わらず青のままで、私は右折すべく体を傾けた。右折した先に、車線を逆走してきた自転車2台が突然視界に現れた。急ブレーキをかけてハイドロプレーン現象を起こした私の愛車は大きく傾き、とっさに伸ばした右足でなんとか転倒を防いだ私の体は、気がつけばサドルから降りて車道に立ち尽くしていた。何の挨拶もなく2台の対向車は遠くへ過ぎ去り、私は呆然としたまま左手でかろうじて自転車のハンドルを握り締め、右耳からはイヤホンが抜け落ちていた。
雨で視界不良の中、聴覚を自ら塞いでいた私の落ち度であった。
何故私がipod(というより、携帯型の音楽再生機全般)を問題視していたのかというと、それがユーザーの自己愛と鈍感力を助長しているとしか思えなかったからだ。電車に乗っていても、疲労感を顕わにした老人がヨボヨボと立っているその前に、どっかりと股を広げて腰掛けている若者の耳にイヤホンが突き刺さっている姿は今や日常茶飯事の如く目に入る光景である。この若者は多分、自分で選び抜いた音楽の世界に入ってしまって、目の前で座りたそうにしている人がいるということに気がついていないんだと思う。
また、ニューヨークのような格好いい都会にはじめて出かけたとしよう。空港へ降り立ち出国手続きを終え、地下鉄に乗ってマンハッタンへいざ行かんとする若者の耳にはやはり、イヤホンから流れる「自分のフェイバリットソングス・NYCバージョン」が鳴り響いているのではないか。少なからず存在するであろうそういった人たちについて私は、もったいないと思わずにはいられないのだ。見聞という言葉があるけど、はじめての場所で街の音から耳を閉ざしていては、半分(つまり見聞の、見)しか世界が広がらないではないか。そんなに自分の世界を守って、愛してどうするんだよ・・
なんていう持論を抱えた私に、とある知人がタイ土産という名目で小さなipodをプレゼントしてくれた。何故タイの土産がipodなのかは全くもって謎に包まれているのだが、一応タイっぽいイメージのゴールドカラーであったことを記しておこう。兎に角、期せずしてipodを所有することになってしまったのである。
いくら頂いたからといっても、そんなに嫌いならば放っておけば済む話なのだが、私はipod(シャッフルとかいう機種です)の余りの小ささに心を奪われてしまった。元来音楽好きで、またPCではiTunesをプレイヤーソフトとして使用していたせいか、この小さな機械にお気に入りの音楽を詰め込み、街へ出て行くまでにそう時間はかからなかった。最初は「自転車に乗るときは危ないから止めよう」と思っていたものだが、一度それを試すと、疲労が半減するような気がした。その効果を理由に自転車外出の際、ipodが手放せなくなってしまったのである。
こうして、晴れて自己愛の囚人と化した私は今日(正確に言えば昨日)も所用をこなしに台東区から板橋区へと、音楽を聴きながら自転車を走らせた。用を済ませ、外していたipodを再び装着して外に出ると雨が降っていたが、それでもイヤホンをつけたまま台東区へと戻る。道中、雨は徐々に激しさを増し、自転車のスピードも鈍る。が、流れてくる音楽に勇気付けられつつなんとか台東区へ入り、家の近所までたどり着いた。目の前に迫る信号は変わらず青のままで、私は右折すべく体を傾けた。右折した先に、車線を逆走してきた自転車2台が突然視界に現れた。急ブレーキをかけてハイドロプレーン現象を起こした私の愛車は大きく傾き、とっさに伸ばした右足でなんとか転倒を防いだ私の体は、気がつけばサドルから降りて車道に立ち尽くしていた。何の挨拶もなく2台の対向車は遠くへ過ぎ去り、私は呆然としたまま左手でかろうじて自転車のハンドルを握り締め、右耳からはイヤホンが抜け落ちていた。
雨で視界不良の中、聴覚を自ら塞いでいた私の落ち度であった。
7.24.2007
PC同時多発クラッシュ顛末記
7月某日、某所で私が他者と共有しているPCのOSが起動しなくなった。原因はサービスパックのアップグレードがうまくいかず、2種類のOSが変な具合に混合してしまったためと思われる。OSメーカーのせいにしたいところだが、アップグレード作業を行ったのは私なので、PCを共有する他者の暖かい理解と協力を得ながら、またIT関係に詳しい友人の知恵を拝借しながら復旧作業に取り組んだ。
まずは友人の好意により頂いたOSメーカーの有料サービスチケットを元にメーカーへ電話連絡。なかなかつながらずもようやく出た先方は、症状を一通り聞いた後でにべもなく「PC本体のメーカーに問い合わせて、それでも直らなければ再度連絡してください」と言う。言っていることに筋は通っているし理解はできるが、こうした問い合わせをしてくる者の状況や心理をもう少し酌んでくれないものかな、と思う。気を取り直してPCメーカーに連絡。この電話もなかなかつながらなかったのだが、出てきた人のガイドに従い色々と調べていくうちに、やはりハードディスクの障害はなくOSに問題があるということがわかり、こちらでは「OSを再インストールするしかないですね」という、ある結論を導いていただいた。
そんなこんなで、緊急に使用する必要があるというほどではなかったためPCの回復作業を次週以降に持ち越し、週末実家に戻ると、もう8年も使っている実家のPCが起動しなくなっていた。これはもうなんとも原因不明というか、寿命というか、特に大切なデータはバックアップを取っていて、またPCの故障復旧にはげんなりしていたこともあって、その時私はあっさりと"回復不可能"という烙印を押した。
そして東京の自宅に戻り、自分のノートPCを開いてスイッチを押すと、なんとこれまた立ち上がらないのだ。いったいこの異常事態をどう説明したら良いのか、私の手先から邪悪な電流でも流れているのだろうか・・触るPCが皆傷ついていくという現象に私は恐れをなした。PCを使用し始めてから約10年、今までこういったトラブルとは無縁できたのだが、数日間で一気に3台も使用不能状態になるとは。
週が明けると、私は必然的に複数のトラブルを解決するために奔走することになった。まずは共有しているPCの復旧である。困ったことにこのPCと私のプライベートPCに関しては、ハードディスクからデータを抽出する必要があった。私は再度OSメーカーに問い合わせると、この時の担当は何とも親切でプロフェッショナルな人であった。電話を片手に2時間強もの間、彼は声色に疲れ一つ見せず、それどころか私の疲れを敏感に察知しねぎらいの言葉をかけながらもナビゲートしてくださった。CDからの起動もなかなかままならず、DOSの画面からコマンドを打ち続けなんとか起動に成功。バックアップデータを取得し、OSの再インストールで復旧ができるところまでこぎつけた。
大きな問題を抱えていたのは、自分のノートPCであった。こちらはハードディスクに障害を持ってしまったようで、電話サポートではにっちもさっちもいかないよ、と思わせる趣きを湛えていた。私は彼女が使用しているMACを、「これも壊すんじゃないか?」などと恐れつつも使用させてもらいインターネット上を検索。秋葉原のとある会社にあたりを付け、データの復旧作業をお願いすることにした(彼女のMACは幸いにして無事である)。現在データは外付けのハードディスクに保管され戻ってきたものの、ハードディスクは取替える必要があり、OSや各種ソフトも購入しなければならないという状態なので、この際新たにPCを購入したほうがいいのかもしれないと思案しているところ(姉妹サイトである「世界の風景(仮)」は、この問題を解決次第再開します)。
共有PCはその後、OSの再インストール時に私の無知から紆余曲折を招いたものの、復帰を果たした。最も不思議であったのは実家にある古PCで、翌週末に何気なくスイッチを押したところ、何事もなかったかのように起動したのだった。前の週にあのタイミングで起動しなかったのは、何かの嫌がらせとしか思えないような出来事だ。PCだって人間のようにベテランにもなると、一筋縄ではいかないものなのかな。
まずは友人の好意により頂いたOSメーカーの有料サービスチケットを元にメーカーへ電話連絡。なかなかつながらずもようやく出た先方は、症状を一通り聞いた後でにべもなく「PC本体のメーカーに問い合わせて、それでも直らなければ再度連絡してください」と言う。言っていることに筋は通っているし理解はできるが、こうした問い合わせをしてくる者の状況や心理をもう少し酌んでくれないものかな、と思う。気を取り直してPCメーカーに連絡。この電話もなかなかつながらなかったのだが、出てきた人のガイドに従い色々と調べていくうちに、やはりハードディスクの障害はなくOSに問題があるということがわかり、こちらでは「OSを再インストールするしかないですね」という、ある結論を導いていただいた。
そんなこんなで、緊急に使用する必要があるというほどではなかったためPCの回復作業を次週以降に持ち越し、週末実家に戻ると、もう8年も使っている実家のPCが起動しなくなっていた。これはもうなんとも原因不明というか、寿命というか、特に大切なデータはバックアップを取っていて、またPCの故障復旧にはげんなりしていたこともあって、その時私はあっさりと"回復不可能"という烙印を押した。
そして東京の自宅に戻り、自分のノートPCを開いてスイッチを押すと、なんとこれまた立ち上がらないのだ。いったいこの異常事態をどう説明したら良いのか、私の手先から邪悪な電流でも流れているのだろうか・・触るPCが皆傷ついていくという現象に私は恐れをなした。PCを使用し始めてから約10年、今までこういったトラブルとは無縁できたのだが、数日間で一気に3台も使用不能状態になるとは。
週が明けると、私は必然的に複数のトラブルを解決するために奔走することになった。まずは共有しているPCの復旧である。困ったことにこのPCと私のプライベートPCに関しては、ハードディスクからデータを抽出する必要があった。私は再度OSメーカーに問い合わせると、この時の担当は何とも親切でプロフェッショナルな人であった。電話を片手に2時間強もの間、彼は声色に疲れ一つ見せず、それどころか私の疲れを敏感に察知しねぎらいの言葉をかけながらもナビゲートしてくださった。CDからの起動もなかなかままならず、DOSの画面からコマンドを打ち続けなんとか起動に成功。バックアップデータを取得し、OSの再インストールで復旧ができるところまでこぎつけた。
大きな問題を抱えていたのは、自分のノートPCであった。こちらはハードディスクに障害を持ってしまったようで、電話サポートではにっちもさっちもいかないよ、と思わせる趣きを湛えていた。私は彼女が使用しているMACを、「これも壊すんじゃないか?」などと恐れつつも使用させてもらいインターネット上を検索。秋葉原のとある会社にあたりを付け、データの復旧作業をお願いすることにした(彼女のMACは幸いにして無事である)。現在データは外付けのハードディスクに保管され戻ってきたものの、ハードディスクは取替える必要があり、OSや各種ソフトも購入しなければならないという状態なので、この際新たにPCを購入したほうがいいのかもしれないと思案しているところ(姉妹サイトである「世界の風景(仮)」は、この問題を解決次第再開します)。
共有PCはその後、OSの再インストール時に私の無知から紆余曲折を招いたものの、復帰を果たした。最も不思議であったのは実家にある古PCで、翌週末に何気なくスイッチを押したところ、何事もなかったかのように起動したのだった。前の週にあのタイミングで起動しなかったのは、何かの嫌がらせとしか思えないような出来事だ。PCだって人間のようにベテランにもなると、一筋縄ではいかないものなのかな。
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